私のブログではこの後に妖精についてお話しする予定ですが、その前にダーナ神族のことを語る必要があると思って、今話をお話しします。
それは巨人族であったこの民族が、人びとから忘れられ崇拝もされなくなっていくにつれて妖精や小人になっていったとアイルランドの人々には信じられているので、もう少しこの神族について知らなければならないと思ったからです。
前話のトァン・マッカラルの話では、セゼール一行もバーホロン族もネメズ族も、疫病やフォモール族(悪や闇の象徴と考えられる)によって滅ぼされました。しかしダーナ神族は、戦いによりフィルボルグ族を滅ぼしフォモール族を敗走させて栄え、ミレー族に敗れて辺境に追いやられた、というように戦いによって民族の運命が変転します。
戦いは歴史に劇的な彩りを与える興味深い物語ですし、戦いが映し出す人間性(神性?)は、その民族の性格を知る手掛かりになるように思います。
今話は、簡単にですがダーナ神族の戦いを語ってみたいと思います。
フィルボルグ族との戦い
魔法の雲に隠れてやってきたダーナ神族は、先住民だったフィルボルグ族と戦うにあたって、フォモール族と同盟を組みます。フォモール族とは、前話でお話しいたしましたように、水底の怪物たち(第28話参照)。
この同盟のあかしとして、ダーナ神族の医術の神ディアン・ケヒトの息子キァンと、フォモール族の王バラ―ルの娘が結婚しました。
光の神々と闇の怪物たちが同盟を組むというのはおかしな話なのですが、善と悪、光と闇が混とんとしていた時代のことを表しているのかもしれません。
フィルボルグ族は手ごわく、神々といえども簡単に屈服させることはできません。決戦の場をモイツラ(マー・トゥーラ)の平原に定めて両者が激突しましたが、3日たっても決着がつかないのでした。
3日目の夜、突然ダーナ族の王ヌァダのもとに美女が現れ、王と床を共にします。この美女は、じつは戦いの女神モリガンでした。モリガンは翌朝、王に勝利を約束するとコガラスに変身し、戦場に戻っていきました。
4日目、モリガンの約束通りダーナ神族は勝利しました。しかし、今度は同盟を組んでいたはずのフォモール族とダーナ神族が戦いを始めます。事の発端は、ダーナ神族の王ヌァダが、モイツラの戦いで右腕を切り落とされたことでした。
フォモール族との戦い
この種族には、身体に障害を負った王は王としての資格を失うという掟があり、ヌァダは王位を剥奪されたのです。
そこで新しい王を決めなくてはなりません。ダーナ神族は一族の女エリウとフォモール王の一人エラッハの間にできたブレスを王に指名しました。
このブレス王、じつはエラッハがエリウに暴行を加えたことで生まれた子だったのです。闇と悪の血を色濃くもった男がこのブレスでした。その結果、アイルランドは闇の力に覆われることになってしまいました。
この状況を打開したのが、先にお話ししたディアン・ケヒトです。彼は鍛冶の神ゴブニュに銀の腕を作らせて、ヌァダの身体に接続することに成功します。銀の腕は、生身の腕のように動かすことができました。「銀の腕のヌァダ」の誕生です。
(別の説によれば、ヌァダが銀の腕を得た後、ディアン・ケヒトの息子のミァハがヌァダのもともとの腕を掘り起こし、銀の腕に代えてもとの腕を接続したという話もあります。そのお話では、自分よりも優れた技術をもつ息子のミァハに嫉妬した父ディアン・ケヒトが、ミァハを殺害するという悲劇が描かれます。)
再び王としての資格を得たヌァダはブレス王に退位を迫り、第2次モイツラの戦いが始まります。
ブレス王はフォモール族と手を組んで、ダーナ神族軍と対峙しました。
ここに新たなヒーローが登場し、ダーナ神族側につきます。太陽と光の神ルー(ルーク)です。
ダーナ族がフォモール族と同盟を結ぶときに、そのあかしとしてダーナ族のキァンとフォモール王バラ―ルの娘が結婚したことは、先にお話ししました。ルーはこの二人の間に生まれた子だったのです。
ルーは光の神であると同時に万能の神です。すばらしい建築技師、有能な戦士、優れたハープ奏者などあらゆる才能を一身にもっています。たとえば王配下の一番の力持ちと争って打ち負かしました。ハープで眠りの調べを奏でれば全員が眠り、悲しみの調べを弾けば皆泣き、陽気な調べは人の心を浮き立たせました。
王はルーをことのほか気に入って、第2次モイツラの戦いの全権を委譲します。
戦いは初め、ダーナ神族が優勢でした。長老ダグダは巨大なこん棒で相手をなぎ倒し、鍛冶の神ゴブニュは折れた剣や槍をたちまちのうちに直してしまいます。ディアン・ケヒトは戦死者や負傷者を「健康の泉」に呪文を唱えながら投げ込み、全員を復活させました。
ところが形勢逆転。フォモール族が「健康の泉」の存在に気づき、石を投げ込んで埋めてしまったのです。たちまちダーナ神族は押され始め、ヌァダ王も戦士オグマも倒されてしまいました。
そこにルーが前線へ飛び出します。片目をつぶり片足で味方のまわりをまわって呪文の歌を歌い、全軍を鼓舞しました。
次いで敵の大将、魔眼のバラールに戦いを挑みました。バラ―ルは手下に命じて魔眼のまぶたを持ち上げさせようとします。開いてしまえば殺人光線を照射されて勝ち目はありません。ルーは素早く石弓で魔眼を撃ち抜きました。
魔眼は頭を突き破って味方の方に転がり、フォモール族の戦士をなぎ倒してせん滅。軍を敗走させたのでした。
ミレー族との戦い
ダーナ神族はアイルランド全土を支配し、巨石建造物を建造するなど、高度な文明を発達させて繁栄します。しかし次にやってきたミレー(ミレシア)族には敗れてしまい、地下や海のかなたに逃れることになりました。
その戦いのお話をいたしましょう。
・ダーナ神族の裏切り
ミレー族の軍隊がアイルランドに上陸した時、ターラにいた3人の王は対応を協議します。しかし結論が出ないので、「戦いを続けるか屈服して国を譲るか決めるので、3日の猶予をもらえないか」とミレー族に申し出ました。その3日間は、ミレーの軍隊を沖合に退かせていてほしいというのです。
ミレー族は協議の結果、詩人のアマーギンの言葉に従おうということになりました。
アマーギンは予言を軍隊に伝えます。
「ダーナ神族の申し出を受け入れ、海岸から九つの波の長さだけ船を退かせて待ち、また帰ってくること。そして再び戦いを始めるならば、正しい戦いの権利によって、三日の後にはアイルランド全土はミレー族のものになるであろう」
このアマーギンの言葉に従って全軍は沖合に退きます。するとそのとたん、ダーナ神族は魔法の力で大波と霧を発生させました。そのためミレー族の船は海上を漂流し始めます。
この嵐は一体、ダーナ族の魔法によるものなのか、ドゥルイドの神の怒りなのか、それとも単なる自然現象なのかとミレー族の王たちはいぶかります。そこでひとりの兵士が、マストに登って確かめることになりました。
兵士がマストのてっぺんに着いた時、船が大きく揺れて兵士は振り落とされてしまいます。ですが死の間際、雲の上は快晴であることを告げます。この嵐はダーナ神族の魔法が引き起こしているものだ、ということは明らかでした。そこでアマーギンが呪文を唱えると嵐は止んだのです。
このできごとに大いに憤りを感じ、「必ずダーナ神族を皆殺しにしてやる」と息巻いたのはミレー族の大将のひとりアバァ・ドンでした。これがドゥルイドの神の怒りに触れます。
たちまち激しい嵐がふたたび巻き起こり、アバァ・ドンの船を含めて数艘の船が海の藻屑と消えてしまいました。
・ミレー族の勝利
それでも残ったミレー族の軍隊は上陸して、ダーナ神族に戦いを挑みます。ティルタウンの原の戦いでは大合戦になり、双方に大いに損害が出ましたが、ミレー族はターラの3人の王を倒して勝利を収めます。
そして取り決めにより、地上を支配するのはミレー族とし、ダーナ神族は地下の世界を与えられました。神々のうちあるものは地下へ、あるものは海のかなたに逃れて王国(常若の国=ティル・ナ・ノーグ)を建設し、そこに住むことになったのです。
なぜダーナ族は「神族」?(考察)
ダヌという大地母神の息子たちが、人間であるミレー族に敗れるというのも、なんだか不思議な感じがします。一応、ミレー族もビレという地下の神の息子たちということになっていますが。
歴史の本を読んでみますと、このミレー族は大陸から渡ってきたケルト民族だと思われます。
巨石建造物は、以前はケルト民族が建設したものと思われていましたが、科学的な証明により、彼らよりはるか昔に建造されたことが分かっています。巨石建造物を建設した先住民が、このダーナ神族ということかもしれません(注)。
ケルト民族は、西はイベリア半島から東はトルコのあたりまで、広く緩くつながっていた民族です。ここまで版図を広げられたのは、彼らが鉄器の破壊力と騎馬の機動力をもっていたからで、その力であたりを平定していったのではないかと思われます。
ケルト民族がブリテン島に侵攻した時、ブリテン島の民族は青銅器しか知りませんでした。騎馬と鉄器の前に、青銅器文明にいる民族は太刀打ちできません。そこで先住民はたちまち滅ぼされたのではないかと思うのです。
しかし巨石遺跡のように、石を使った先住民の驚異の文明にはケルト民族も尊敬せざるを得ず、ダーナ族を神としてあがめたのではないか。そしてドゥルイド僧を中心に、先住民の残した巨石建造物を大いに利用して、天体観測や不思議につつまれた儀式を使って「魔法」を行使し、民を支配したのではないか。そんな気がします。
あるいは滅ぼした後、祟りのようなものを恐れて、彼らを神としてまつったということも想像してみました。日本の歴史では、策略によって菅原道真公が貶められ、彼が亡くなった後に天変地異が続いたという史実があります。それを道真公の祟りに違いないと時の政権が恐れ、彼を神にまつり上げましたが、そんなふうにケルトもダーナ族を神としてまつり上げたのかもしれないなとも思いました。
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(注)ミレー族の前にいた先住民族
![]() |
ビーカー人の作った土器 |
これが、ミレー族が名付けた「ダーナ神族」かどうかはわかりません。巨石建造物は紀元前4000年くらいのものもあるので、ダーナ神族はビーカー人よりはるかに古い時代の種族だったかもしれません。
To be continued
●参考にした図書
『ケルトの神話 ― 女神と英雄と妖精と』井村君江・著 ちくま文庫
最初の章でケルトを概観し、次の章からケルトの各神話について「天地創造神話のない神話」「ダーナ神族の神話」「アルスター神話」「フィアナ神話」に分類し、詳しく解説した好著です。
著者の井村氏は、このほかに多数の著書もありますが、W.B.イエイツが著した『ケルト妖精物語』『ケルトの薄明』の翻訳も手掛けられています。
『イギリスの歴史』君塚直隆・著 河出書房新社
イギリスの歴史を調べるにあたって、もっとも重宝した本です。イギリスの歴史についての本は他にもいろいろ買いましたが、この本が一番参考になりました。
この本は2022年3月が初版で最新の知見が書かれており、イギリスの歴史について概要を知るには最適ではないかと思います。イギリスがなぜブレグジットを行うことになったかもわかります。
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