第54話『ハムレット』|ハムレットとフォーティンブラスとヴァイキング(考察)

2025/11/13

『ハムレット』 シェイクスピア

t f B! P L


 『ハムレット』について、特に河合祥一郎氏の説に沿って研究してまいりました。この研究を通して『ハムレット』の魅力を、ごくわずかではありますが理解できたように思います。

そこで次の話題に移ろうと思っていたのですが、まだ最後の1ピースが綺麗にはまっていないもどかしさを感じてもいたのです。

それは、フォーティンブラスの存在です。

なぜシェイクスピアはフォーティンブラスを登場させる必要があったのか? 

表面的に読んでいると、彼の存在はなんとなく蛇足のような気もしていたのです。にもかかわらず最後の場面では、彼は王家がまさに滅びんとする時に現れ、危篤状態のハムレットにデンマーク王の後継者として指名されたことを聞かされます。彼もハムレットに武人としてその栄誉を讃えるという、重要な役割を与えます。

この意味はなんなのか? 

『ハムレット』第4幕第4場でハムレットは、フォーティンブラスがデンマークを通っていくのを見て、彼のポーランドという取るに足らない土地のために命を賭けて戦いに臨む、というその覚悟に衝撃を受けます。それに対して自分は父と約束した復讐をぐずぐずと遅延させる。その不甲斐なさを恥じるという場面があります。

確かにこのことは、ハムレットが悟りに至るための重要なファクターだと思いますが、それだけでは足りないような気がしていました。

最近では、次の話題として北欧神話を研究していたところですが、その最中にフォーティンブラスとハムレットの関係について重要ではないか? と思うことがありました。それは、デンマーク(ハムレット)もノルウェー(フォーティンブラス)もヴァイキングの子孫だということです。つまり、思想も神話も同一の根をもつ民族だということ。

北欧神話を精神の基礎にもつヴァイキングは、死を恐れません。むしろ名誉ある死は誇りですらあります。人間の一生には限りがある。しかし生前に勝ち得た名声は永遠に残る、という考え方なのです。

また、サクソ・グラマティスという歴史家が書いた『デンマーク人の事績』という歴史書に収められている『アムレート』という英雄譚は、『ハムレット』と筋立てがそっくりです。シェイクスピアはこれを参考に『ハムレット』を書いたといわれていますが、彼はそこに独自の創作を加えて全く違う物語に仕上げています。これにはどういう意図があるのか。

イングランドの人々にとってヴァイキングは恐怖であり、イングランドに残した傷跡は永遠に消えないトラウマといってもいいでしょう。その本拠地のひとつであったデンマークを舞台に物語を展開させるということが、エリザベス(テューダー)朝〜ジェームズ(ステュアート)朝イングランドの人々にどのような印象を与えるのか?

これは私にとって、魅力的な視点でした。同じことを論じた論文もあるかもしれませんが、今話では、この点について考えてみたいと思います。

【目次】
○ヴァイキングとは
・イングランドを支配下においたヴァイキング
○ハムレットの種本
・アムレート伝説
・『アムレート』と『ハムレット』の相違点と共通点
・ヴァイキング精神
・ハムレットの迷い
○シェイクスピアの創作
・ハムレットを武人として
○エリザベス朝人はこの芝居をどう見たか?
・ジェームズ6世の戦略とイングランドの信任
・シェイクスピアが『ハムレット』に込めた意図

ヴァイキングとは

ヴァイキングの戦艦=ロングシップ

ヴァイキングはゲルマン人の一派で「入江の民」という意味です。もともとは農耕を中心とした生活をする平和な人々だったと考えられています。

ヴァイキングとして恐れられた北欧人というのは、ゲルマン人のなかでもスカンジナビア半島の南部やユトランド半島つまり現在のデンマークあたりに住んでいました。

それが気候変動や政治的混乱、長子相続制度によりその弟たちは外部に追いやられた、というようなことから、故郷を捨てヨーロッパ各地で交易・略奪・侵攻し、ヨーロッパ中に影響力を及ぼすようになったのが「ヴァイキング時代」と呼ばれた時代でした。

彼らは最初、貿易商人としてヨーロッパ各地で交易をしていましたが、しだいに侵略を繰りかえして猛烈な勢いで勢力を拡大していき、ヨーロッパ全土を恐怖の渦に陥れたのです。

彼らはすぐれた造船技術をもっており、船の船体はロングシップと呼ばれる船で侵略していきました。この船は細長く美しいシンメトリー(左右対称)をもった姿をしており、喫水も浅いことが特徴です。その機動力をいかして川を遡り、目的地に奇襲攻撃をかけることが可能の船でした。

イングランドを支配下においたヴァイキング

ヴァイキングは、大まかにいって3方向へ(注1)と侵攻し勢力を拡大していきました。

それは東方へ拡大していったルート、北大西洋へ長征したルート、そしてヴァイキングがイングランドやフランス、イタリアに侵攻した西方/南方ルートです。

「ヴァイキング時代」が本格的に始まった、記録に残る最初の襲撃は793年のことでした。この年にイングランド北部にあるリンデスファーン修道院への襲撃事件が起こります。この時の恐怖はイングランドにとって、トラウマになるほどのものでした。

この西方/南方ルートは、まさにノルウェー系とデンマーク系(デーン人)のヴァイキングによって開拓されたルートだったのです。

ヴァイキングによるイングランド侵攻はその後も熾烈を極め、865年の大規模侵攻ではデーン人の大連合軍がイングランドを広範囲に征服しました。

ついには1013年にデンマークのスヴェン1世がイングランドを征服し、1016年にはその息子クヌート1世がイングランド王に即位、北海帝国(デーン朝)が成立したのです。

エリザベス朝の時代になると、デンマークはヨーロッパでも強力な海軍国となって覇を競い、イングランドにとってのライバル国でもありました。かつて自分たちを支配した民族の国に対して、エリザベス朝(そしてジェームズ朝)人にとって、複雑な思いがあったのではないかと想像します。

『ハムレット』の種本

ノルン

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、『ハムレット』には元になるお話があります。それは『デンマーク人の事績』という歴史書に収められた『アムレート』という伝説です。

『アムレート』伝説

『デンマーク人の事績』は、12世紀末から13世紀初頭にかけて歴史家サクソ・グラマティクスがラテン語で編纂したデンマークの歴史書。これは単なる年代記ではなく、デンマークという国家のアイデンティティと王権の系譜を、神話的・伝統的な過去にまで遡って確立するという意図をもって編まれました。

『アムレート』の筋立ては『ハムレット』にとてもよく似ています。

  • アムレートは、エルヴェンデル王とゲルネルード妃の息子。彼らの王国はエルランすなわちユトランド(つまりデンマーク)
  • エルヴェンデル王の兄弟のフェンゲは王に嫉妬して彼を殺害。自分が王となり未亡人となったゲルネルードを妃にした
  • アムレートは、自分を守るために発狂したふりをする。狂人だということで、彼が密偵を殺害してバラバラにしたと事実を話しても、誰もが笑って信じないほどになった
  • その一方で彼は木を削って鉤を作り、その先端を火であぶって硬く鍛える、という作業をする。それはいつかやってくる父の復讐のため
  • アムレートが邪魔になったフェンゲは、二人の従者をつけて彼をイングランドに追いやる。イングランド王に「到着したらアムレートを殺害せよ」との親書をつけて
  • しかしアムレートは機転を効かせ、親書を自分ではなく二人の従者を処刑するよう書き換えた
  • アムレートはイングランド王の娘と結婚し、1年後にデンマークへ帰国
  • 最後にアムレートは、フェンゲの部下たちを焼き殺し、火であぶって鍛えた鉤で王を刺し殺して復讐を遂げる
  • アムレートは自分が正当な王位継承者であることを主張し、王座に就く

『ハムレット』と『アムレート』の相違点と共通点

両者の物語はとてもよく似ていますが、異なっている部分もあります。異なる部分のうちシェイクスピアが創造した部分もありますが、そこに『ハムレット』に込められた「意味」があるように思います。

違う点は次のようなものです。

  • ハムレットは哲学的な悩みをもち、憂鬱な影をまとっている
  • 『ハムレット』では亡霊が出現し自分は殺されたということを告げるが、それが真実かどうかはわからない
  • 『アムレート』では王殺害は公然の秘密だが、『ハムレット』では事件を知っているのはごく一部
  • 物語の最後は、『アムレート』ではアムレートが復讐した後に王座に就くが、『ハムレット』ではハムレットは王家の人々とともに死ぬ
  • 『アムレート』には、フォーティンブラスのような存在はいない
この相違点のうち「憂鬱をまとった主人公」「亡霊の出現」には種本があります。後述します。

『アムレート』という伝説が、「デンマーク国家のアイデンティティと王権の系譜を、神話的・伝統的な過去にまで遡って確立するという意図」をもって編まれたということを、もう一度思い出してください。

つまり、これこそがヴァイキング(デーン人)の精神であるということを示す物語である、ということです。シェイクスピアはこの物語に新たな創造を加えてテーマを変更し、イングランド国民にあることを訴えたのではないか、と思うのですね。

ヴァイキング精神

それではまず、そのヴァイキングの精神とはどのようなものでしょうか。

ひとつの特徴は、死よりも名声を重んじるということ。冒頭にお話ししましたように、人生は限りがあるが、名声は永遠に残るとういうことです。

北欧神話によると、神々や人間も含めて運命は最初から決められており、神々であっても変更することはできないと信じられていました。ですから死は笑いながら受け入れるのが妥当だとされ、しかし生きている限りは行動して名声を勝ち取ることが重要だと考えます。

北欧神話の『高き者の歌』という詩の一節に次のことがいわれています。

家畜は死に、身内は死に/おれ自身もやがて死ぬのだ/だが、決して死なぬと知っているものが一つある/おれたちが死後に残す名声だ

運命は定められていて変えられないものだという思想は、『スキールニルの旅』という物語に表現されています

 自分の鼻を扉の外へ突き出す誰にとっても、怖れを知らぬことは弱気よりもよいのだ。自分の生命の長さと死の日とは、ずっと以前から定められているのだ。 

 北欧神話では、3人のノルンという名の精霊(あるいは女神)が森羅万象の運命を決めており、それは神ですら変更できないことが語られます。

北欧神話は神々と巨人、そして人間が三つ巴になって織りなしていく物語ですが、ノルンは、世界はいつか神々も巨人も人間もすべて滅亡する時(ラグナレク)が来ると予言します。神々と人間はそれを知っていながら巨人との戦いの準備をし、巨人と戦い、そして滅亡していきます。これが北欧人の美学なのでしょう。

もうひとつの特徴は、知力を重んじるということです。知力というか「狡知(ずるがしこさ)」(注2)というべきかもしれませんが。

アムレートは戦略的に狂人を演じました。自分の身を守りながら復讐の機会をうかがい、訳のわからない言葉(riddle)を駆使して相手を煙に巻く。そういった彼の佯狂(狂人をよそおうこと)ぶりは「英雄的愚者(Heroic Fool)」と呼ばれ、知的に戦略的に行動することは、ヴァイキング精神に叶うことでした。

ハムレットの迷い

いっぽうハムレットはどうでしょう?

彼はアムレート同様、狂人をよそおい、訳のわからない言葉で相手を翻弄します。しかし肝心の復讐を実行することができないのです。狂人をよそおうのは自分の身を守るためもありますが、真相を暴くための戦術でもあります。狂ったふりで真実を暴こうとするのです。

ハムレットは、プロテスタントの牙城ウィッテンベルク大学に通う貴公子です。この学識が邪魔をして、ヴァイキングの子孫でありながら、神学的あるいは哲学的な内省が絡んでまっすぐに行動できないのでした。

ハムレットのルネッサンス的価値観によれば、行動は合理的な利益や大義によって正当化されるべきものだと考えます。復讐は神に対して傲慢な態度ではないか? 激情にまかせて行動するのは正しい人間の行いとはいえないのではないか? その思いがハムレットの決心を鈍らせます。

いっぽうノルウェー人であるフォーティンブラスのヴァイキング的価値観は、名誉を守るために行動すること自体が目的になります。余計な迷いなく行動することに価値を見出すのです。

フォーティンブラスの、名誉を守るためにはどんな小さなことでも命をかける姿に衝撃を受けるハムレット。いにしえのヴァイキング的精神と、ルネッサンスの時代の洗練された精神の板挟みに苦しむハムレットの苦悩が見えるようではありませんか?

シェイクスピアの創作


シェイクスピアが参考にした作品は『アムレート』だけではありません。

1570年代にフランソワ・ド・ベルフォレが『アムレート』をフランス語に翻案し、自らが編んだ『悲劇物語』第5巻に収録しました。このとき主人公に、憂鬱というルネッサンス的な影を与えています。

また、1589年までロンドンで上映されていたというお芝居があるのですが、これは専門家の間で『原ハムレット』と呼ばれています。残念ながら脚本は現存しないのですが、このお芝居に亡霊を登場させたといわれています。このことにより、この物語は北欧サーガ(注3)の領域から「復讐悲劇」のジャンルに移行しました。

シェイクスピアはこれらの作品をふまえ、それまでなかったフォーティンブラスという人物を加えました。そのことにより、ハムレットには亡霊に復讐を命令される、憂鬱をまとった貴公子という性格を着せ、アムレート的ヴァイキング精神のほうはフォーティンブラスに移譲したのです。

そして両者に分裂した精神は、最後の場面で融合します。

ハムレットを武人として

『ハムレット』の最後の場面では、デンマーク王家が死に絶えた後にフォーティンブラスが対ポーランド戦に勝利したことを報告しに登場し、そこで血の海になった宮殿を見て驚きます。

同時にイングランドからの使者が、「クローディアス王からの親書に書かれていた通りに、ローゼンクランツとギルデスターンを処刑した」という報告をしに参上しますが、それは王の命令ではないとホレイシオは指摘します。

そして全てを知るホレイシオは、詳細をフォーティンブラスに語ると約束し、おぼろげながらも何が起こったのかを察知したフォーティンブラスは、ハムレットを武人と呼びその栄誉を讃える葬儀をするようにと臣下に命令するのです。

物語の最後のほうでハムレットは、この世はすべて神の摂理に従っており、早く死んでも遅く死んでもどうということはないのだから、人智を尽くして天命を待つしかないのだ、という悟りを得ます。

この悟りを私は、ヴァイキング的悟りだと思うのです。冒頭にお話ししたように、人生は限りはあるが名声は永遠に残る。その名声のためには死も恐れず行動する、というヴァイキングの精神に立ち帰ったのではないかと思うのです。

イングランドからの使者の言葉もヴァイキング精神を浮き彫りにします。本来、ハムレットがイングランド王に殺されるはずだったのを、ローゼンクランツとギルデスターンを処刑することに変えてしまった。この機転をヴァイキング精神は讃えます。

だからこそフォーティンブラスは、ハムレットを武人と呼んだのではなかったか、と思うのです。

エリザベス朝人はこの芝居をどう見たか?


ここからは私のさらなる想像です。

シェイクスピア研究者によれば『ハムレット』は1601年に書かれ、初演は1602年ではないかとされています。このときイングランドの世情はとても不安定な状態にありました。

エリザベス女王は1603年に69歳で崩御されていますから、1601/1602年の頃は相当お体も弱っておられたのではないかと推察します。ということは後継問題が顕在化し、人々は不安な状況に陥っていたのではないかと思うのです。

女王は、戦略的に独身を貫きました(第13話参照)。エリザベスはイングランドと結婚したという神話をつくって国民の結束を固めたり、その美貌を活かして敵対国を翻弄したりして、「独身」を武器化したのです。

しかし独身であるということは、彼女に後継者がいないということでもあります。彼女が崩御すれば王座が空席になる危機に瀕し、後継者擁立をめぐって内戦が起こることは十分予想されました。

女王の父ヘンリー8世は孫の王位継承順位を遺言しており、その1位には彼の妹のメアリー・テューダーの子孫であるグレイ家から出すことを指示していました。しかし指名されたグレイ家の力は、この頃すっかり衰退してしまっており、安定した国家経営は難しいと考えられました。

そのほかにも候補者はいたのですが、死亡していたり未婚だったりして女王の後継者として擁立するのは難しい状態でした。

そこに名乗りをあげたのがスコットランド王ジェームズ6世です。彼はもともとスコットランドとイングランドを統一するという野心をもっており、そのための準備は早くから行なっていたのです。

しかし、彼には障害が立ちはだかっていました。ヘンリー8世の遺言にはステュアート家つまりジェームズの家系は意図的に外されていたのです。

またイングランドの法に照らし合わせると、スコットランド人を含む外国人は王を継げないことになっております。これも彼にとっては障害でした。

エリザベス女王の後を継ぐことになったジェームズは、どのようにして王座を獲得したのでしょう?

ジェームズ6世の戦略とイングランドの信任

1589年、スコットランド王ジェームズ6世は、デンマーク=ノルウェー王フレデリック2世の娘であり次期国王クリスチャン4世の姉であるアンとの結婚を決定しました。

この結婚には二つの戦略がありました。

ひとつはイングランドからの信任をもらうためです。ジェームズ6世の母メアリー・ステュアートは、自分がイングランド王となり、イングランドにカトリックを復活させることを目論んでいました(第13話参照)。そのためにエリザベス女王を暗殺することを企てたのですが、それが発覚して処刑されました。そのためメアリーの息子のジェームズ6世も、イングランドからは疑いの目で見られていたのです。

デンマークは「裕福なプロテスタント国王」が統治する強力な海軍国家と認知されており、ヨーロッパ・プロテスタントの重要な位置を占めていました。

デンマークを故郷とするアンと結婚しプロテスタントに改宗したジェームズ6世はプロテスタントとの親和性が高いとみられ、イングランドによる疑いの目をそらすことに成功します。

もうひとつはスコットランドの国内政策です。スコットランドはカトリック貴族によって常に転覆の危機に晒されていました。そこでデンマークという強力な支援を得て、反逆勢力を抑え込みます。またアンもその人脈の広さを武器に王を支援しました。

また何より彼が幸運だったのは、ジェームズとアンの間にはふたりの息子とひとりの娘という健康な子どもがいたことです。ジェームズが国王になれば後継者問題も起こらず、イングランドに長期の安定をもたらすとして、議会も彼を国王にすることが現実的な選択であるとしました、

その合理的な判断の前には、絶対であったヘンリー8世の遺言も法的に無効とされ、外国人であることも不問にしたのです。

そして1603年3月24日、エリザベス女王の崩御のすぐ後に、スコットランド王ジェームズ6世はイングランド王ジェームズ1世として平和裡に王座に就き、母メアリー・ステュアートが夢見たスコットランドとイングランドの統一を成し遂げたのでした。

シェイクスピアが『ハムレット』に込めた意図

シェイクスピアは1606年に『マクベス』を発表します。ジェームズ1世はスコットランド出身であり、『マクベス』の主要人物であるバンクォーは、ステュアート家の始祖とされる人物です。つまりこの物語は、ジェームズ1世の正統性と血統の栄光を讃える目的があったと考えられるのです。

シェイクスピア劇にはイングランド王家のことを取り上げた芝居がいくつかあります。そこで私見ですが『ハムレット』もデンマークの物語としながら、エリザベス女王の後継者にジェームズ1世を迎える歓迎の意味もあったのではないかと思えてくるのです。

あるいはイングランド人に、かつて我々を苦しめたヴァイキングに対してどう考えるのかという問いかけも。つまりジェームズ6世は、デンマーク=ノルウェー(ヴァイキング)王の血筋を引くアンを妃に迎えた。その王がイングランド王になるかもしれない(初演の時点では)ことを、国民はどう思うのか? という問いです。

イングランドにとってヴァイキングの子孫のデーン人(デンマーク人)は滅ぼしてしまいたいという思いがあったかもしれない。その思いは『ハムレット』というお芝居で仮想ながら実現できた。いっぽうフォーティンブラスは、デンマークとノルウェーを統一してこれから安定した世の中をもたらすかもしれないという夢を抱かせ、ひいてはイングランドの平和の実現を想像させる。

イングランドもそのお手伝いをする。裏切り者ローゼンクランツとギルデスターンを処刑するという、ハムレットの策略に加勢することによって。
策略によって成功を勝ち取ることは。ヴァイキングの「狡知を賞賛する」精神に合致する。

『ハムレット』は、デーン人への復讐とデンマーク=ノルウェーをバックに背負うジェームズ1世をイングランドに迎える、という相反するテーマをうまく融合させた物語ではないか。

なんてことを考えたりするのです。根拠の薄い素人の空想ですが。

**********

(注1)3方向へ

  • イングランドやフランス、イタリアに侵攻した西方/南方ルート
    • 主な侵攻対象は、ブリテン諸島(イングランド、スコットランド、アイルランド)、フランク王国(フランス)、イベリア半島
    • 793年6月8日にイングランドのリンデスファーン修道院襲撃が起き、これが記録に残る「ヴァイキング時代」の幕開けとなった
    • 後に恒久的な植民が進み、イングランド東部に「デーンロウ」と呼ばれる支配地を築いた
    • フランスでは、彼らが定住した土地が後にノルマンディー公国となった
  • 東方ルート
    • 主な侵攻対象はバルト海沿岸、東ヨーロッパの主要な河川(ヴォルガ川、ドニエプル川など)流域、ビザンツ帝国(コンスタンティノープル)
    • スウェーデン系のヴァイキング(ルーシと呼ばれる)が中心となり、武装した交易商人として活動
    • 河川を利用した交易路(特に東方貿易)を開拓し、ノヴゴロドやキエフといった都市を基盤とする初期のロシア国家(キエフ大公国)の成立に深く関わった
  • 北大西洋へ長征したルート
    • 主な侵攻対象:はフェロー諸島、アイスランド、グリーンランド、北米大陸
    • ノルウェー系のヴァイキングが中心となり、植民と探検が進められた
    • アイスランドやグリーンランドに定住地を築いた。
    • さらに西へ航海し、北米大陸(ニューファウンドランドなど)にも一時的な入植を試みた。コロンブスの新大陸発見より500年も前のこと

(注2)知力というか「狡知」

北欧神話ではロキというトリックスター(道化・いたずら者)が登場する。ロキの両親は神々の敵である巨人族だが、主神オーディンとの血の契りを結んで、神々のパンテオンに出入りすることを許された。ロキは美しい容姿をもっているが、心は軽薄だとされる。

トリックスターとはイタズラなどで集団に災いをもたらすが、自らがその問題を解決したり結果的にその混乱が新たな創造を生んだりする存在のこと。

ロキは北欧神話に数多く登場し、神々のたそがれ(ラグナロク)という最悪の状況を招く存在だが、神話のなかで重要な役割を果たし、トール神に最強の武器ミョルニル(魔法のハンマー)を献上したりした。

ヴァイキングは彼の狡知を賞賛する。

(注3)サーガ

サーガのほかエッダがある。主に中世アイスランドで成立した北欧の古典文学を指す言葉で、北欧神話や歴史、英雄の物語を伝える重要な文献。

○エッダ(Edda)とは

主に北欧神話を題材とした詩や散文の作品群。

  • 古エッダ(詩のエッダ):

    • 作者不詳の詩集で、神々の創造から終末(ラグナロク)に至る物語、英雄たちの伝説などが収められている

    • ゲルマン神話を知る上で最も重要な資料の一つ

  • 新エッダ(散文のエッダ):

    • スノッリ・ストゥルルソン(Snorri Sturluson)によって書かれた散文の教本

    • 詩の技法(スカルド詩)の解説を主目的としつつ、北欧神話の体系的な物語が語られる


○サーガ(Saga)とは

おもに12世紀から13世紀にかけてアイスランドで成立した、古ノルド語による散文の物語(散文作品群の総称)

(題材)
神話的なエッダと異なり、ノルウェーやアイスランドの歴史、歴代の王や司教の伝記、植民初期のアイスランド人たちの生活、ヴァイキングの冒険などが主な題材。
現実的な出来事や、血族間の諍い、裁判などが詳細に描かれている。

 

●参考にした図書 

『北欧神話物語』K・クロスリイ・ホランド・著 山室静/米原まり子・訳 青土社

今回のブログでは多くをこの本によった。
この本は3部に分かれており、「はしがき」に多くのページを割いてこの本の概要を解説し、「神話」の章は大地創造からラグナロクまでの各神話、そして「北欧神話ノート」で各神話についての解説が書かれている。





●参照したWebサイト





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自己紹介

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明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

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