第55話 北欧神話の創世記(1)|牝牛=創造と豊穣の象徴(創世神話から女神ゲフィオンの神話への変遷)

2025/11/21

『妖精のめ牛』 神話 北欧神話

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さて、ここまでラボ・ライブラリーの背景を探る旅で、シェイクスピアの『ハムレット』を取り上げてきました。『ハムレット』について語り尽くせたかといえば、それは大きな間違いです。専門家でもない私が、面白そうだなと思ったところをつまみ食いしただけだからです。

いずれまたシェイクスピアについては触れることもあるかもしれませんが、しばらくは醸成期間をおくことにしましょう。

今話は、牝牛(めうし)についてです。牛にまつわる神話は世界各地にありますね。インドは牛を神聖視することで有名です。

日本にも菅原道真の遺体を牛車で運んでいた時に、ある地点で座り込み動かなくなった。そこでその場所が菅原道真の墓所にすべき場所なのだと思い、天満宮を建てた。それが福岡の太宰府天満宮ですね。(注1)。

道真は丑年(うしどし)生まれということもあり、左遷される際には牛が彼をたすけたという伝承もあり、牛は「神使い」とされています。

牛は、北欧神話でも創世神話において重要な役割をもたされています。世界の誕生とともにアウズンブラという牝牛が誕生し、先に誕生した最初の巨人を育てるとともに神々の祖先を生み、ここから世界が動き始めたと北欧人は考えました。

北欧人はゲルマン人の一派ですから、ゲルマン民族の大移動(注2)によりヨーロッパ中に広がったゲルマン人も同じ神話をもっているのではないかと思われますが、霧に包まれていて判然としません。これは、キリスト教が一大勢力になり他の民間信仰は抑圧されて、妖精や小びと、魔女、悪魔などにおとしめられ、本来の姿を失ったという面が大きいです。

しかし、民間の宗教は形を変えて昔話やおとぎ話に登場し、現代まで影響を与え続けています。『いばら姫』『ジャックと豆の木』『白雪姫』『ホッレおばさん』など、みんなそうです。いずれこれらのお話についてもお話ししようかなと思っています。

さて今話はラボ・ライブラリー『妖精のめ牛』にからめて、牝牛について触れていこうと思います。同じく登場するグリーンマンは、以前、第38話/第39話でお話ししました(第38話第39話参照)。日本人にとってグリーンマンはよくわからない存在ですが、ヨーロッパ人にとっては、日本のお稲荷さんのように説明の必要もないほどおなじみの存在でした。

『妖精のめ牛』は、北欧神話というよりケルト神話に題材を求めたお話、ということになっていますが、北欧神話もイギリスには十分流入していますので、両者の混交は当然のことでしょう。今話は北欧神話の側から牝牛を語りたいと思っています。

『妖精のめ牛』の牝牛は、ていねいにお世話をすれば、その見返りに上質のミルクを産出します。つまりこの牝牛は豊穣のシンボルとして描かれているのです。同じように北欧創世神話の牝牛アウズンブラも霧の巨人を育て、神を生むという「豊穣」の象徴なのです。

【目次】
○ 『妖精のめ牛』の内容
○ 北欧創世神話と牝牛
・「がらんどう」があった
・巨人の誕生と繁栄
・牝牛が巨人を育て神を生む
○生命の源と神々の祖
○時代によって変わる牛の役割
○世界の神話との比較
・インド
・古代オリエントの神話
○まとめ

『妖精のめ牛』の内容

『妖精のめ牛』C・W ニコル・作/英語 リチャード・ヴェルヌーヴ・絵
ラボ教育センター

『妖精のめ牛』は、故C・W ニコル氏がラボ教育センターのために書き下ろしてくださった物語です。

ニコル氏はかつてラボ教育センターの職員として、『ゴロヒゲ平左衛門ノミの仇討ち』『TANUKI』『日時計』などを書き下ろしてくださいましたが、事情があって連絡が取れない状態が続きました。

『妖精のめ牛』は、数十年ぶりに帰ってきたニコル氏の記念すべき作品のひとつです。その内容をざっくりとお話しします。

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主人公のエドウィンは、ウェールズ人らしく陽気で物語を語ることが好きで、調子のいい男だけれど他人からは憎まれないという美点をもっていました。

エドウィンはある日、まっ白な牝牛を連れたグリーンマンに出会います。グリーンマンが言うことには、牝牛はエドウィンのことを愛しており、ついていきたいと言っている。そこで牝牛をお渡ししたいと思うが、代わりのものをいただきたいと申し出ます。

調子のいいエドウィンは、自分が作ったラヴ・スプーンを魔法のスプーンだといい、サビだらけの斧をアーサー王の斧だといつわって、これを交換の品にすることを提案します。グリーンマンはその話はうさんくさいと言いながらも、牝牛がヘンテコな彼の話を好きだと言ったので、牝牛を渡すことにしました。

グリーンマンによると、牝牛は今のところミルクを出さないが、子牛が生まれれば上質のミルクを得ることができるでしょうと言います。ただしエドウィンもその子どもや孫もしっかり世話をして、牝牛もその子牛も怯えたりするようなことがあってはならない。もうしそうなると、全てを失うと警告するのです。

エドウィンはその約束を守って一生懸命世話をしました。そうすると牝牛はミルクを出し、そのミルクから作ったバターやチーズは上質な製品になって、たちまち世間の評判になりました。

ところがエドウィンが老衰で亡くなって子どもの代になると、息子も嫁もすっかり牝牛の世話をすることをやめてしまったのです。

たちまち牝牛はミルクを出すことをやめてしまいます。息子グウィンの嫁のモグは怒って、役に立たない牝牛は屠殺して市場に売り出してしまえと、乱暴なことを言います。

グウィンは恐妻家なので、妻の言葉に逆らえません。牝牛を殺そうと近づいていくと、くだんのグリーンマンが突然現れ、「人間の約束など一代しかもたない」と嘆いてエドウィンが交換の品として差し出したラヴ・スプーンと錆びた斧を放り投げ、牝牛とその子どもたちを連れて消えていきました。

グウィンもモグも全てを失ったのです。

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ニコル氏は生前、私財を投げ打って長野に「アファンの森」を育てたように、自然を愛し自然と共生することが地球のすべての生き物の幸福につながる、と信じておられました。この物語はそんな彼の遺言ともいえる作品だと思います。

さて本題に入りましょう。世界の多くの神話が牝牛を神聖な動物だとしています。北欧神話も牝牛を世界の始まりを形作った動物として登場させています。

北欧創世神話と牝牛

北欧創世神話より、ギンヌンガガップ(想像)

ライン川以北の民族にとって牛は財産とみなされ、富を生み出す動物とされました。北欧神話の創世神話においては、牝牛は最初の巨人を育て多くの巨人を増やし、神々を生む原動力として描かれています。

「がらんどう」があった

世界が大地も空も海もなかった頃、巨大な「がらんどう」いいかえると巨大な穴がありました。この穴はギンヌンガガップと呼ばれています。

ギンヌンガガップの北方は極寒の領域で、激しく冷たい風が渦巻いています。このエリアはニフルヘイム(霧の国)といいます。

いっぽう、穴の南側にはムスベルヘイムという激しく炎の燃えさかる領域が広がっています。この炎はなんでも燃やし尽くしてしまうほどの業火なので、そこに住んだことのない者は生きていくことができません。

ムスベルヘイムでは炎の剣を持ったスルトという巨人が剣を振りながら、世界の終末(ラグナロク)に備えています。

巨人の誕生と繁栄

ニフルヘイムからは毒の水が流れ出し、11の川になってギンヌンガガップに流れ込んでいました。川の毒はギンヌンガガップの淵に積み重なってヘドロのように固まり、水は水蒸気となって上昇、それがニフルヘイムの極寒の冷気に触れると水は霧やみぞれとなって降り注ぎ、それはすぐに凍りついてギンヌンガガップの縁にどんどん堆積していきました。

その氷塊からは、今度はムスベルヘイムからの強烈な熱風により夏の日のかげろうのようになって湯気が立ちのぼり、熱風と霜の覆いとなって氷塊の上を漂うようになります。

霜は熱風によって液体に変わり、しずくとなって再び氷塊の上にしたたり落ちますが、このしずくには生命が宿っていました。そのしずくが固まっていくと、徐々に巨大な人間のような形になっていったのです。

それが最初の霧の巨人ユミルの誕生でした。

ユミルは、まだまどろみのなかにいる間に汗をかきました。すると彼の左の脇の下から流れ出た汗が男女一組の巨人になり、左右の足の間からは巨人の息子が生まれます。

彼らは子孫をふやし、やがてあたりは巨人であふれるようになりました。

牝牛が巨人を育て神を生む


この間に、しずくはまた牝牛を形づくりました。アウズンブラといいます。ユミルをはじめとする巨人たちはこの牝牛の乳をすすることで生きながらえることができたのです。

いっぽう、アウズンブラは塩味を含んだ氷塊をなめました。すると1日目の夕方には、その中から人間の髪の毛に似た毛髪が出てきました。2日目には男の頭が、3日目には全身が現れて岩から飛び出てきたのです。

背が高くたくましいこの男の名前をブーリといいます。彼はボルという息子を得てボルが3人の子どもを生みます。オーディン、ヴィリ、ヴェーの3人です。彼らは巨人の血も半分受け継いだ神々でした。

アウズンブラは、生命の霧から生まれた巨人とその子孫を育て、自らは神々の祖を生んだ存在として北欧神話に描かれました。

生命の源と神々の祖

アウズンブラを訳すと「豊かなる角なし牛」という意味になります。角がない牛ということなので、これは牝牛ということですね。

世界中にある神話の一般的な形は、まず神々が生まれ、空や大地ができ、人間が形作られるというパターンが多いのですが、北欧神話ではまず巨人(ユミル)と牝牛(アウズンブラ)が生まれ、その後にユミルが巨人の子孫を増やし、牝牛が神々を生む、という点が特徴的です。人間は神々によって命が吹き込まれます。

北欧神話は、巨人と神々と人間が三つ巴になって話が展開し、「神々のたそがれ(ラグナロク)」で双方とも滅び、世界は終焉を迎えるという物語です。牝牛は巨人と神々を生み、世界を形作っていく「母」の役割を担っているのです。

巨人と神々という世界の対立の根源にありながら、その両方を育んだ彼女の存在は、単なる物語上のキャラクターを超え、世界の調和を保つための根源的な力が象徴されていると解釈できます。この二面性は、アウズンブラという存在の奥深さを際立たせます。

時代によって変わる牛の役割

コペンハーゲンにあるゲフォンの泉

創世神話では生命の祖とされた牛も、時代の流れによって変化します。

北欧神話に登場する女神ゲフィオンがスウェーデン王ギュルヴィを訪ねた時、王から「4頭の牛が一昼夜で鋤(す)いた土地を授けよう」という約束を得ました。

それを聞くと女神は4人の息子を呼び出して巨大な牛に変え、もらった土地を根こそぎえぐらせてその土を海に投げ込み、島をつくりました。これがデンマークの首都コペンハーゲンにあるシェラン島だといわれています。

いっぽう、えぐり取られた土地には水がたまって湖になりました。これがスウェーデンのメーラレン湖だということです。

ここで登場する牛は、もはや生命の祖ではなく、女神(あるいは人間)に使役される土地を開拓するための労働力、あるいは力の象徴といったものとして描かれています。

『妖精のめ牛』の牝牛も、不思議な力をもちながらも人間に奉仕する存在です。しかし人間が約束を破れば、手ひどいしっぺ返しをする自然界の警告者でもあります。

世界の神話との比較

インドの牛の形をした神ナンディン

古くから牛は農耕において重要な役割を果たしてきましたし、乳牛がつくりだす乳は、すばらしい栄養源として重宝されてきました。

日本でも、牛は神の使いとして神聖視され、数々の伝説をうみました。菅原道真が亡くなった時に、牛が彼の墓所を指し示したという伝説は有名ですね。

いっぽう中国の『西遊記』では、牛魔王が三蔵法師一行を苦しめます。

牛をとりあげた神話・伝説は世界各地にありますが、牝牛は生命の源や豊穣を象徴する存在として描かれ、角をもつ牡牛(おうし)は力や破壊の象徴として描かれているようです。インドと古代オリエントの例をあげてみましょう。

インド

インドの主要な宗教ヒンドゥー教では、牛は神聖な動物とされています。

牛は生命を育む乳を与えてくれることから、「ゴーマタ(母なる牛)」と呼ばれ、母親のように敬われます。

破壊と創造の神シヴァは、自身の化身ともいわれるナンディンという乳白色の牡牛を乗り物としています。神話では、牝牛はシヴァの化身ともいわれています。いっぽう創造神ブラフマーは儀式に必要なものは牛が供給するとして、聖職者であるバラモンと牛を同時に創造したとされています。

古代オリエントの神話

エジプトの神ハトホル

さらに視野を広げると、古代オリエントの神話でも牛の多層的な象徴性を見出すことができます。メソポタミアの神話(『ギルガメシュ叙事詩』)では、「天の牡牛」が巨大で凶暴な存在として描かれ、地震や夏の干ばつといった「力」や「破壊」を象徴していました。これは、生命の源や豊穣を象徴する牝牛の役割とは対照的です。

一方、古代エジプトでは、牝牛は太陽の母であり天空を象徴するハトホル女神の姿だとして、人々に崇拝されました。彼女は太陽を角の間に乗せて運ぶ姿で描かれ、死者の復活にも関わるとされていました。

また、シュメール神話では、月が牝牛の2本の角や三日月で表され、月光が「牝牛の乳」と見なされていたという記録も存在します。

これらのことから牛は文化圏ごとに異なる役割をもち、力と破壊の象徴として牡牛を描くか慈愛に満ちた牝牛を描くか、牛をどう描くかによってその文化が何を重視していたかを示しているようです。

北欧神話の牝牛は、巨人と神々という対立するふたつの存在の起源に関わっているということから、根源的な「創造の母」という性格が与えられていると考えていいと思います。

まとめ

北欧神話の創世神話では、牝牛は虚無の中から生命を育み、後の世界を構成する巨人族と、その世界を統治する神々という、相反する二大勢力双方の起源に関わる存在でした。彼女の役割は、生命の維持と新たな生命の創造という、世界の始まりに不可欠なものだったのです。

いっぽう時代が降ると、神話の中の牛の役割も変わりました。女神ゲフィオンの物語では、牛の役割は牡牛に重心が置かれるようになり、人間の労働と意志によって大地を開拓する「力」として描かれます。これは、北欧社会が遊牧・狩猟から農耕へと移行していくにつれ、牛の役割が変化したことを反映していると考えられます。

アウズンブラの物語は、今日でも女神ゲフィオンの神話にみるように、現実世界の文化や地理にその痕跡を残しています。

また現代のゲームやメディアでも、彼女は「サポート」や「豊穣」の象徴として描かれ、その神話的な役割は形を変えながら受け継がれています。

このように、北欧神話における牝牛の役割は、太古の創造論から現代の文化的表象に至るまで、生命、豊穣、そして文明の発展を象徴する重要な遺産として語り継がれています。

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注1 牛が菅原道真の墓所を指し示した伝説


903年、無実の罪で大宰府に左遷されていた菅原道真は、失意のうちにその生涯を閉じた(享年59歳)。

道真の亡骸(なきがら)を埋葬するため、門弟たちは牛車に棺を乗せて運び出したが、墓所へ向かう道中のある場所で、車を引いていた牛が突然その場に伏せ込み、テコでも動かなくなってしまう。

人々がいくら牛を叱っても、叩いても、牛は一歩も動こうとしないのを見た門弟の味酒安行(うまさけのやすゆき)たちは、これを単なる牛の気まぐれではなく、道真の魂がそうさせたのだと解釈した。「道真公はこの地に留まることを望んでおられるに違いない」と判断した彼らは、当初予定していた埋葬地へ行くのをやめ、その牛が座り込んだ場所に穴を掘り、道真を埋葬することにした。

注2 サクソン人によるケルト民族弾圧


5〜6世紀頃、イングランドはピクト人の侵攻に悩まされていた。その頃支配していたローマがイングランドから撤退した後、ローマはイングランド防衛のためアングロ・サクソン人を傭兵として配置した。しかし、サクソン人は反乱を起こしてケルト人(ブリトン人)を圧倒し、ケルト人を辺境に追いやり、法的に差別するようになった。

449年頃、ヘンギストとホルサがブリトン人の王に招かれたが反乱を起こし、460年頃には「長刀の夜」と呼ばれる指導層の大量殺害事件が伝えられている。

6~7世紀にはブリトン人の領土を奪い、彼らを辺境へ追いやる戦いが続き、577年のデオラムの戦いでブリトン人の連携が断たれた。

616年のチェスターの戦いでは宗教的弾圧も行われた。

7世紀後半からは法的差別が進み、690年頃のイネ王の法典では賠償金に民族差別が設けられ、927年頃にはエクセターからブリトン人が追放される。

このようにサクソン人の圧迫は、初期の物理的排除から中期の追放、後期の法的差別へと変化し、ケルト系は「ウェールズ」と呼ばれ辺境に追いやられた。


ブリトン人は圧倒的なサクソン軍に負け続けたが、500年頃の「ベイドン山の戦い」では、戦いの指揮官アーサーが活躍して連戦連勝する。後に彼を歴史のなかに発見した人々は、彼を不思議な力をもった超人的な人物に仕立てて伝説をつくった。

それが「アーサー王伝説」であり、ひとりブリトン人の英雄というだけでなく、多くのイギリス人にとっての偉大な英雄として、語り継がれるようになった。

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●参考にした図書 

『北欧神話物語』K・クロスリイ・ホランド・著 山室静/米原まり子・訳 青土社

この本は3部に分かれており、「はしがき」に多くのページを割いてこの本の概要を解説し、「神話」の章は大地創造からラグナロクまでの各神話、そして「北欧神話ノート」で各神話についての解説が書かれている。






『北欧神話と伝説』ヴィルヘルム・グレンベック・著 山室静・訳 講談社学術文庫

荒涼峻厳な世界で育まれた北の民の精神を語るエッダ、サガ、神話、伝説を読む。
ヨーロッパ北部周縁の民=ゲルマン人は、キリスト教とは異なる独自の北方的世界観を有していた。古の神々と英雄を謳い伝える『エッダ』と『サガ』。善悪二元の対立抗争、馬への強い信仰、バイキングに受け継がれた復讐の義務……。荒涼にして寒貧な世界で育まれた峻厳偉大なる精神を描く伝説の魅力に迫る。北欧人の奥深い神話と信仰世界への入門書。(講談社)





『イギリスの歴史』君塚直隆・著 川手書房新社

ブリタニアの創成(太古~古代)から現在のブレグジットの道まで、全12章構成の、斯界の第一人者によるイギリス通史入門編。イギリスの成り立ちから大英帝国、EU脱退まですべて解明。(川手書房新社)





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明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

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