第48話 『ハムレット』|ハムレットの惑い(その2):亡霊か悪魔か(考察)

2025/02/17

『ハムレット』 シェイクスピア ルネサンス 物語

t f B! P L


前話では主に『ハムレット』のあらすじをお話ししました。しかし、このお話は謎に満ちていますね。

私にとっての一番の謎はハムレットの狂乱ぶりでした。確かに父親の亡霊と思われるモノに出会って復讐を誓い、それを果たすために自分は狂気を演じるのだと宣言します。

しかしその後にすぐに迷いはじめ、あれほど愛しいと思うオフィーリアにむけて突然怒鳴り散らし、「尼寺へ行け!」と冷たい言葉を何度も彼女に投げつけたりします。かとおもうと、仇であるクローディアスが弱気になり神にすがっているという、仇討ちの絶好のチャンスをみすみす見逃したりします。

彼の狂乱ぶりは常軌を逸していて、読み始めた頃は「なんだこれは?」と全くついていけませんでした。歴代の有名な批評家のなかでも、『ハムレット』はシェイクスピア劇のなかでも最低の作品だ、とこき下ろした人もいるほどです。

しかし、私が『ハムレット』に関するさまざまな本を読んでいるうちに、ある一つの考えが生まれました。それは、この物語はイングランドの宗教問題がもたらした狂乱の物語ではないかということです。

シェイクスピアは、よく外国の物語としてお芝居をつくります。例えば『夏の夜の夢』は古代ギリシアの物語ですし『ジュリアス・シーザー』は古代ローマ、『ロミオとジュリエット』はイタリアで起こったこととされています。

当時のお芝居は検閲が入るので、自国の物語だとすると上演できない可能性があるというのがひとつの理由です。ですので『ハムレット』はデンマークの物語ということにして、イングランドの宗教問題という病巣を描いたのではと思いました。

専門家でもない私が、そんな不遜なことをいうのは大変おこがましいのですが、さまざまな解釈を許す『ハムレット』のことですから、これもまた一つの解釈と受け取っていただければ幸いです。

今話は、宗教改革がどのようなものであったかをまずお話しし、その問題がハムレットとどう関係があるのかといったことを考えてみたいと思います。

【目次】
○宗教問題がテーマでは? と思った理由
〇カトリックと煉獄
・煉獄とは何か
・プロテスタントの主張
○プロテスト(抗議)ののろし
・ルターの「九十五箇条の論題」
・カトリックの反発
・「ドイツのヘラクレス」
○『ハムレット』と時代
・イングランドに再びカトリックの影?
・お前は何者だ?

宗教問題がテーマでは? と思った理由

マルティン・ルター

前話のあらすじをお話ししたときに強調しておきましたが、シェイクスピアはセリフのなかに「ウィッテンベルク(ヴィッテンブルク)大学」という単語をさりげなく滑り込ませています(第47話参照)。

ウィッテンベルクは、第一幕で登場するホレイショとマーセラス、そしてハムレットが勉学を共にする大学です。現代人にとってはサラリと流してしまいがちな単語ですが、シェイクスピアが活躍した時代においては、民衆にとって胸に突き刺さる単語ではなかったでしょうか。

なぜか? この大学は宗教改革ののろしをあげたマルティン・ルターが聖書について講義をした大学だからです。ここからプロテスタントの炎が野火のように広がっていき、カトリックとプロテスタントの対立をめぐってヨーロッパを混乱の渦に巻き込んでいきました。

16世紀イングランドにおいても宗教改革は行われました。しかし本来の宗教改革が民衆のなかから巻き起こったムーヴメントだったのに対し、イングランドの場合は国王の私的な都合で行われたことは、以前お話した通りです(第11話参照)。(後で調べて分かったことですが、この頃になると、ローマ教会の力もさらに衰え、ヨーロッパの諸侯が統治するためのツールとして宗教改革を行う例が頻繁にあったようです)。

キャサリン
つまり、エリザベス女王の父ヘンリー8世は、妻キャサリン・オブ・アラゴン(カテリーナ、またはカザリン)を離婚するためという理由でカトリックと決別してイングランド国教会という「プロテスタント」を国教にし、みずからが最高位に就きました。

しかし体裁をつくろっただけでしたからプロテスタントというのは名ばかりで、儀式など中身はカトリックのままでした(第11話第12話参照)。この中途半端な宗教改革が、その後のイングランドを内乱の渦に巻き込んでいったのです。

ヘンリー8世の一粒種だったエドワードはヘンリーの崩御後に王座に就きますが、病弱だったため程なく死去。後を継いだ長女メアリーは、強引に国教をカトリックに引き戻し、プロテスタントの聖職者を大勢殺害しました。そのため「ブラディ(血の)メアリー」と呼ばれたことも以前お話ししました。

メアリー1世
そしてカトリックの大国スペインの皇太子フェリペ(後のフェリペ2世)との結婚を、議会の反対を押し切って実行します。フェリペのいいなりだったメアリーは、危うくスペインに飲み込まれる危機を招いてしまいました。

しかし道なかばでメアリーはインフルエンザに罹患し病没。一方、メアリーによりロンドン塔に幽閉され、いつ処刑されてもおかしくなかったエリザベスは解放されて、エリザベス1世としてイングランドに君臨することになります。

エリザベスはまた、強権をもってイングランド国教会を復活させました。プロテスタントとしての教義を整えカトリックとの融和も模索したエリザベスでしたが、カトリックの抵抗は強く、暗殺される危険は常につきまとっていたのです。

エリザベス1世
カトリックの反発により常に生命の危険に脅かされていた女王もまたメアリーと同様、カトリック信者を大勢処刑しています。これも以前お話ししましたが、カトリックの信者だったシェイクスピア家にも残虐な処刑の危機が迫っていました。そのためウィリアムはロンドンに逃亡したともいわれています(第46話参照)。

国王が変わるたびに、宗教問題が引き金となって大勢の人々が処刑されるという事態は異常です。自分がいつ災難に遭うかわからない状況では、民衆は否が応でもこの問題に関心をもたざるを得ず、宗教改革の発端となったウィッテンベルクは、だれでも知っていたキーワードではなかったかと思うわけです。その言葉をわざわざセリフに紛れ込ませたということに、私はシェイクスピアの意図を感じざるを得ないのです。

信じる宗教の違いのために大勢の人々が処刑されたこと、エリザベス女王自身も暗殺の危機が幾度もあったこと、さらに女王は一生独身であったことから後継者はおらず、次の国王がまたカトリックの巻き返しを起こす可能性があったことなどの情勢から、『ハムレット』が発表された頃のイングランドには暗雲が漂い、人々は発狂寸前だったかもしれません。

『ハムレット』初演は1601年頃といわれています。そのときすでに69歳という高齢になっていたエリザベス女王は1603年に崩御します。そしてイングランドとの統一を目指す宿敵スコットランドはジェームズ6世を国王にいただき、彼の母メアリー・ステュアートはカトリックの復活を目指していました(彼自身はカルヴァン派プロテスタント)。

カトリックと煉獄

煉獄の入口(ギュスターヴ・ドレ)

この物語が宗教問題と絡んでいるのではないかと思ったのは、ウィッテンベルクで3人が同級生だったことに加えて、すでに亡くなっていたハムレット王の亡霊が出現したということもあります。

亡霊ははっきりと煉獄の業火(注1)に焼かれていて苦しんでいるといい、それは死に際して終油の秘蹟(注2)を行われず告解もできないまま死んだからだと訴えています。そこでその原因をつくった犯人、つまりクローディアスに復讐せよというわけです。

煉獄とは何か

ここで問題になるのが「煉獄」です。

というのは、プロテスタントは煉獄などない。したがって亡霊など存在しない、と主張してカトリックを激しく追及したからです。もしそんなモノが現れたら、それは悪魔の可能性が高いといいます(注3)。ホレイショは沈着冷静という性格もありますが、このプロテスタントの教えに忠実だったからこそ、亡霊などという存在を信じません。

聖書には、アダムとイヴが神のいいつけに背いて知恵の実を食べたことで神の怒りを買い、エデンの園を追い出されたと書かれています。そのことで人間は原罪を負っているわけです。つまり正しく生きても人間は罪人です。

そこからカトリックでは、人が亡くなった後、聖職についていたとか殉教したとかの特別な場合を除いて、亡者は罪を清めるまで天国に入れないと考えます。そして天国の一歩手前の煉獄に入れられ、罪を清めるために業火に焼かれる必要があるというのです。その苦しみは尋常ではありません。

亡霊とは、その苦しみをなんとかしてほしいと願って生者のところへ現れるモノだとされてきました。そこでカトリックでは、煉獄の苦しみを和らげたり滞在期間を少しでも短くしたりする方法として、臨終の者に「告解」を求め「終油の秘蹟」を執り行って神とのとりなしをするといいます。

プロテスタントの主張

プロテスタントはこの点に関して異議を唱えました。

カトリックは法王を頂点とする組織を形成して神と人との仲立ちをするといいますが、プロテスタントは徹底して組織など必要なく、聖書のみが神と人とを結びつけるものだと考えます。

その聖書には煉獄などというものの記述はありません。煉獄はあると主張するカトリックに対して、プロテスタントは聖書に書いていないものがあるというのはおかしいと批判し、さらに組織が秘蹟を行って人間にご利益をもたらすというのは、金儲けの手段にすぎないのではないかという疑いをもったのです。

ルターはウィッテンベルクで聖書について生徒に教えながら神学(スコラ哲学)に疑問をもっていました。そのストレスは頂点に達し、キリスト教のあるべき姿について世の聖職者に問うというかたちで、「九十五箇条の論題」と呼ばれる貼り紙をウィッテンベルク城教会の門に貼りました。

プロテスト(抗議)ののろし

ウィッテンブルク城教会

ルターとしては当初、「九十五箇条」の公示にカトリックへの反抗の意図はなく、真実はどこにあるのかをめぐって議論をしたいということでした。しかしこの行動はカトリックの激しい反発を買います。

はじめは「酔っ払いのドイツ人のいうくだらない話」と鼻先で笑っていた教会側も、「九十五箇条」が各国の言葉に次々と翻訳され、ベストセラーになるやローマ教会も無視できなくなったのです。

ルターの「九十五箇条の論題」

さて、宗教改革の発端となった「九十五箇条の論題」とはどのようなものだったのでしょう。

95個の論題はラテン語で書かれていて民衆は読めません。つまりそれが読める聖職者に向けた論題でした。また、ウィッテンベルク城教会の門に張り出された「九十五箇条」は印刷されたものでした。ということは、これは教会の門だけではなくさまざまなところに配布されたということが想像できますね。

「九十五箇条」のすべてを本文に載せるのは煩雑ですので注にまわすとして(注4)、ここではそのうちのいくつかを引用します(引用元:『ルネサンス』会田雄次・中村賢二郎)。

「九十五箇条」の内容は免罪符の批判だけではありませんが、免罪符に関係するところを抜き出すと以下のようになります。

27条「金銭が箱のなかで響くや否や、たましいが浄罪火のなかから脱出するというならば、それは人間の教えを説いているのだ」

28条「金銭が箱のなかで響くや否や、貧欲と利益が増すことは真だ。しかし教会のとりなしの祈祷がなると否とは、神の意思によって定まる」

32条「免罪符によって己が救済の確かなることを信ずるものは、永遠にその師とともに詛(のろ)われるであろう」

36条「真に悔悟するキリスト者は、免罪符をもたなくとも、ことごとく懲罰(ちょうばつ)と咎懲(きゅうちょう)から完全に免除さるべきものである」

要するに免罪符というものは金儲けの手段に過ぎず、これを買ったから自分は救済されるのだと信じるものは、それを売った人とともにのろわれる。真のキリスト者であればそんなものがなくても救済されるのだといっているのです。

ここでいう「箱」とは、免罪符販売の一隊が虹の十字架と法王旗をもって町の広場に行き、そこで町民を集めて販売し、得た代金を保管する時に使う箱です。

広場では、免罪符説教師がその効能を語って販売するのですが、その口調はまるで大道香具師(やし)の口調のようで、「箱にチャリンとお金の音がすれば、亡者はたちまち煉獄を飛び出て天国へ行く」というような煽り方をするのです。

ドイツでは稼いだお金の半分は当時の法王ルイ10世のもとへ、半分は大豪商のフッガー家の金庫に収まるというようなカラクリがありました。

なぜ、フッガー家に? という疑問には、アルブレヒトというマルデブルク大司教がマインツ大司教の地位も手に入れるためにフッガー家に借金をし、自分が主宰する免罪符の売り上げで借金の弁済にあてたという事実があります。

つまり、戦争や狩りなどで贅沢をするために金儲けの手段として免罪符販売を思いついたルイ10世と、借金を免罪符の販売をすることでチャラにしたアルブレヒトと、ヨーロッパ1の大豪商がさらに懐を太らせたフッガー家の三位一体のシロモノだったのです。

また今話では取り上げませんでしたが、カトリック教会という組織体制への疑問や、安楽に天国にいけるなどということは甘い考えであり、苦しんだ末にこそ天国の門が開かれるというようなことも書いていました。

これはカトリック側にしてみれば、現体制に対する明らかな挑戦であり、ルターを悪魔にも似た異端であると決めつけるに十分でした。

カトリックの反発

ローマ教会側も手をこまねいていたわけではありません。

ルターに主張を取り下げさせるため、さまざまな手を打ちますが、その最たるものが1519年に開かれたライプツィッヒの討論会です。この討論はヨハン・エック(1486-1543)という神学者によってふっかけられました。ルターも相当な論客でしたが、エックも当代一の弁舌をもった神学者で、最終的にはルターはこの議論に敗れます。

ヨハン・フス
それは、過去にヨハン・フス(1369頃-1415)という人物がローマ教会に対して異議を唱える論を展開し、皇帝ジギスムントが彼の命を守ると約束したにもかかわらず、宗教裁判で異端のらく印を押され火刑に処されたという前例があって、それがルターを不利にしたからでした。

ローマ教会にとって少しでも自分たちの主張と違う主張をする者は「異端」の教えと決めつけ、悪をなす者として追及し最終的には火あぶりにするのが常だったのです。

エックの狙いは、ルターにフスと同様に異端の心があることを認めさせることであり、結果としてその企みは成功します。

エックの鋭い尋問に対し、はじめルターは濡れ衣だと主張しましたが、休み時間にフスの遺稿を読み、自分の主張に近いものがあることを認めました。つまりこの討論会では、本人の気持ちはどうあれルターは異端である、というかたちで終わったのです。

絶体絶命の危機に陥ったルターでしたが、民衆のルターを支持する声はますます大きくなっていきます。

「ドイツのヘラクレス」

「ドイツのヘラクレス」
1522年に描かれた、ホルバインの作とされる「ドイツのヘラクレス」という風刺漫画があります。

ヘラクレスはギリシア神話に出てくる怪力無双の英雄ですが、ヘラクレスになぞらえられたルターが画面の中央に仁王立ちし、鼻先に法王を吊り下げ、左手に宗教裁判官ホッホシュトラーテンを吊り下げ、足元にはトマス・アクィナス、アリストテレスなどの中世の神学者や神学の構築に利用された哲学者を踏みつけています。そして背景には修道士に化けた悪魔が逃げていくのが描かれているというものでした。

それほどルターの思想は力をもち、大変な支持を得たということでしょう。

ルターは当時の新技術である印刷を最大限利用して、自分の考えを著した本を次々と出版し始めます。民衆も彼の著作がひとたび出版されると争うように買い求め、買えなかった者は買った者に対して道端や広場で声に出して読み上げろと要求したほど沸騰しました。

ルターを異端と認識したローマ教会は、以前であればすぐさま宗教裁判を開いてフスのように火刑に処するところですが、中世の頃、破門にすると脅して国王に屈辱を与えた(カノッサの屈辱)ほどの権力も今はなく、あまりに民衆のルターを支持する声が大きいために彼を処刑することに躊躇(ちゅうちょ)します。

そこで協会はルターに発言を撤回し著作物を焼き捨てるよう求める勅書を出すのですが、彼はそれを破り捨てて対決姿勢を鮮明にしました。

そんなルターに助け舟を出したのはザクセン選帝侯フリートリヒ。フリートリヒはルターを逮捕するようなそぶりをみせながら彼を保護し、ワルトブルクの城にかくまったのでした。

ルターはそこで聖書をドイツ語に翻訳する活動に着手します。というのは、それまでの聖書というものは各地の方言で書かれている上に不正確なものでした。しかもそれは神学を学ぶ大学生すら目にすることのできないものだったのです。

つまり民衆は聖書を馴染み深い言葉で読めるようになったことで、神の言葉を受け取ることが聖職者だけの特権ではなくなったということなのです。

そのようにして宗教改革の波は大津波になっていったのでした。

『ハムレット』と時代

カンタベリー大聖堂

ながながと宗教改革についてお話ししてまいりました。それはハムレットがウィッテンベルクに学ぶ学生だということと、煉獄から亡霊が現れたというふたつのエピソードが妙にひっかかったからです。

プロテスタントの牙城であるウィッテンベルク大学で学びながら、ハムレットは父王の亡霊のようなモノが現れたと聞くや父の亡霊だと信じ、実際に会って「亡霊」に復讐せよと命令されると、全てを投げ打って復讐することを誓います。つまりこの時、心はカトリックです。

しかしハムレットを心配した学友のホレイショとマーセルラスが駆け寄ると、足元を素早く移動する「亡霊」に対して、「モグラ殿」と見下したような言葉を投げかけます。親友に会い我に返ってプロテスタントの心がよみがえったか、あるいは去勢をはったのでしょう。

イングランド国教会というプロテスタントが実体はカトリックであったという事実は、ハムレットの気持ちと二重写しになります。

イングランドに再びカトリックの影?

先ほど『ハムレット』の初演は1601年頃だと申し上げました。エリザベス女王はその時69歳です。現代であればまだ若いといえるでしょうけれど、当時の平均寿命からするとずいぶん高齢だということがいえます。事実1603年には崩御するのですから、『ハムレット』初演の頃にはかなり弱っていたのではないかと思われます。

メアリー・ステュアート
女王は常にカトリックから命を狙われていたというのはすでにお話ししましたが、そのなかで特に大きな事件だったのは、スコットランド女王メアリー・ステュアートの陰謀でした。

メアリーは熱烈なカトリック信者です。結婚のためしばらくフランスに行っていたメアリーですが、夫の国王が死去したためスコットランドに帰ります。ところがその時、故国はすっかりカルヴァン派プロテスタントが優勢になっていました。

居場所がなくなったメアリーは、イングランドに王位継承権のある自分がイングランド国王になることを画策し、じゃまなエリザベスを亡き者にしようと陰謀をめぐらせます。捕えられて幽閉された後も手下の諜報員をつかってスキを伺っていました。しかし、その動きを察知したイングランド枢密院は彼女を処刑します。

エリザベスは最後まで彼女の処刑には反対だったようです。なぜなら彼女とメアリーは親戚関係にあったからです(注5)。メアリーの息子ジェームズは、エリザベスが名付け親になっており、政情から直接会いには行けなかったものの、産着などの贈り物をたくさん送ったといわれています。

メアリーの息子ジェームズは長じてスコットランド王ジェームズ6世として即位しました。

ジェームズ1世/6世
生涯未婚だったエリザベスが1603年に崩御すると、その後を継いだのがジェームズ6世です。彼はイングランドではジェームズ1世と名のりました。母親が夢見たスコットランドとイングランドの統一は、その息子が成し遂げたわけです。

ジェームズは当時のスコットランドの国教カルヴァン派プロテスタントでした。しかし母親のメアリーはカトリックです。そこでイングランドでは、カトリック信者が「もしかするとイングランドはカトリックに戻るかもしれない」と期待したのです。ところが、ジェームズはイングランド国教会を認めて融和を図ったのでした。

あてが外れたカトリック派は反乱を起こし、国会を爆破してジェームズ1世を亡き者にしようと企てましたが、イングランドの諜報員が察知して未然に防いだという事件(注6)も起こりました。

『ハムレット』が上演されていた時代のイングランドは、このように宗教問題で揺れに揺れていたのです。民衆のストレスも相当ではなかったでしょうか。ハムレットの狂気と同じように。

お前は何者だ?

『ハムレット』の冒頭はバーナードーが発する「誰だ」の言葉から始まります。これは芝居が始まる前のザワついている観客を一気に舞台に集中させる効果があります。

エリザベス朝時代の芝居小屋はどん帳もありません。照明などの装置もありませんから照明効果は期待できず、見上げれば青天井つまり太陽の光のもとでお芝居が繰り広げられます。ということは明確にお芝居が始まったということを観客に知らせる必要があります。

しかし平凡な始まり方では観客は舞台を向いてくれません。おしゃべりに夢中になっていたり、飲食をしていたり、時にはスリが財布を狙っていたりするからです。

舞台上で発する「誰だ」という言葉は一瞬で注意を惹きつけますが、それがごく普通のことであれば観客はすぐに注意をそらすでしょう。しかしこの「誰だ」は異常です。

舞台は深夜、デンマークにあるエルシノア城の城壁の上であり、鼻をつままれてもわからないような真っ暗闇のなか兵士たちが見張りに立っています。そこへバーナードーが交代要員として階段を登ってきます。

普通、「誰だ」と問いかけるのは見張りに立っているフランシスコのはずですが、声を発するのは登ってきたバーナードーなのです。「誰だ」という声に振り向いた観客が次に目にするのは、この不思議な状況なのです。

答えはすぐにわかります。この3日間、深夜12時になると亡くなった先王ハムレットの亡霊が現れるので、歩哨に立つ者は敵よりもこの亡霊に怯えています。バーナードーは暗闇の向こうに見えた人影を亡霊かもしれないと思い、恐怖にかられて声をかけるというわけです。シェイクスピアの見事なツカミです。

さて、この「誰だ」という言葉に意味をもたせる批評家は大勢います。すなわち「お前は何者なのか?」という問いをハムレットに、あるいは観客に向かって問いかけているのではないか、というわけです。

私は、イングランドが宗教問題で揺れ動く姿に、そっくりハムレットが重なっているのではないかと申し上げました。

亡霊を信じないホレイショから「亡霊のようなもの」の話を聞いた時には、ハムレットは父だと確信し(カトリック的)、「亡霊」にあって復讐を命令されると全てを投げ打って復讐してやるといいながら(カトリック的)、心配して駆けつけたホレイショとマーセラスに会うと、地下から聞こえてくる「亡霊」に見下したような発言をして父ではないという態度を見せる(プロテスタント的)というように、ハムレットの心は揺れ動きます。

対外的にはプロテスタント、しかし心はカトリックというハムレットは、プロテスタントの衣をまとったカトリックであったイングランド国教会そのものではなかったでしょうか。

「誰だ」という問いは、「お前は何者なのだ?」というハムレットへの問いかけのように思えました。それはとりもなおさずイングランド国民に向かっての詰問です。

聖書に「復讐するは我にあり」という言葉があります。つまり復讐するのは神の業であり、人間がすべきものではないと戒めているのです。

ハムレットはその禁を守って人間の分を守るのが正しい道なのか、それとも激情のままに復讐を遂げるのが正しいのかという悩みのなかでもがいているのです(「生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ」)。

そんなハムレットはヘラクレスに憧れます。彼は、あるいはシェイクスピアは、お芝居のなかで何度かヘラクレスへ思いを向けています(注7)。正しいと信じられていたカトリックに対し、異端のらく印を押されることを怖れず立ち向かった「ドイツのヘラクレス」ことマルティン・ルターのようになりたいと。

**********

(注1)煉獄の業火

じつは原文には「煉獄」と書かれてはいません。煉獄を英訳すると「purgatory」ですが、この言葉が見当たらないのです。亡霊のセリフでは ” sulph’rous and tormenting flames” つまり「硫黄のような苦しみの炎」といっているだけなのす。

これは古典的な演劇の、亡霊が出現する時に使われるセリフで、「地獄の業火」という意味になります。福田恆存訳の『ハムレット』でも「地獄の業火」と訳出されていますが、小田島雄志訳でも河合祥一郎訳でも「煉獄の〜」と訳しています。

河合氏の解説ではこの言葉を、「シェイクスピアは同様のイメージをむしろ当時の民衆的(つまりカトリック的)信仰における煉獄の炎に重ねています」と書かれています。

(注2)終油の秘蹟

カトリック教会の七つの秘蹟(サクラメントsacrament)の一つ。現在は「病人塗油の秘蹟」と改名された。昔は臨終を迎えている病人に授けられたが、現代では重病人ならだれにでも与えられる。司祭は病人の目、鼻、口、耳、手、足に聖香油を塗り、病気の治癒と罪の許しと神の恩恵を願う祈りを唱える。この秘蹟を受ける前に、司祭に自分の罪を告白(告解(こっかい)の秘蹟)し、聖体の秘蹟を受けることが勧められる。プロテスタントではこれを秘蹟とは認めていない。(コトバンクより[門脇佳吉])

(注3)悪魔の可能性が高い

16世紀後半にプロテスタントの主要な論客となったルードウィヒ・ラファーテル(1527-86)は『幽霊について』のなかで、「聖書におけるような神の特別な介入によるものではない限り、人々が死者の霊だと考えているものは、善き天使あるいは悪しき天使(すなわち悪霊)のどちらかであるとされる。善き天使が人間の前に現れることも時々あるが、多くの場合人間に接触してくるのは悪霊であり、さまざまな姿で出現し奇妙なできごとを引き起こすのは、悪霊たちにとって何ら難しいことではない」とラファーテルは言う(「16、17世紀ヨーロッパにおける亡霊の出現についての言説」菊池英里香)https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/record/2006096/files/TCS_15-49.pdf

(注4)「九十五箇条」全文

「ルター『九十五カ条の提題』」(山内貞男・抄訳)
http://www.musokokusi.com/h-ruta-95.htm

(注5)彼女とメアリーは親戚関係

スコットランド女王メアリー・ステュアートは、エリザベスの祖父のヘンリー7世の長女マーガレットの娘にあたります。

ヘンリー7世(ヘンリー・テューダー)は、薔薇戦争で最終的に勝利をつかんでイングランドの国王におさまりました。しかしテューダー家はランカスター家の分家にあたっていて、国王としての正当性があまりありませんでした。そこで自分の政治基盤を盤石にするためあらゆる手を打ったのです。そのひとつに長女マーガレットをスコットランド国王ジェームズ4世に嫁がせたということがありました。

(注6)未然に防いだという事件

1605年に起こった火薬陰謀事件(ガンパウダー・プロット)のこと。首謀者はロバート・ケイツビーという男でしたが、爆弾を仕掛ける係だったガイ・フォークスのほうが最初に逮捕されたため、この名が有名になりました。アメリカ映画などで ”ヘイ、ガイズ(よお、兄ちゃんたち。Hey, guys.)” というセリフを聞くことがありますが、ある男(たち)をさして「ガイ(ズ)」というのは、彼からきています。(第15話参照

(注7)ヘラクレスへ思いをむけています。

当時、難行苦行のすえに成功を勝ち取るヒーロー像として、ヘラクレスがよく引き合いに出されました。シェイクスピアが活躍したグローブ座の標章は、天球を肩に担いだヘラクレスだとされています(オリュンポスの神々から、自分たちに歯向かった罰として永遠に世界を担がされたアトラスに、ヘラクレスは一時期代わってやったことがある)。

河合氏によれば、「亡霊」に復讐を誓ってからハムレットはヘラクレス的苦難に立ち向かっていくとおっしゃっています。ギリシア神話に登場するヘラクレスは、人間でありながら神に匹敵するような偉業を行うのですが、ハムレットの苦難も同じ苦しみを味わうことになるということなのでしょう。

ルネサンスの影響を受けたイングランドも、当時の民衆はヘラクレスをヒーローとみなしていましたが、シェクスピアは「ドイツのヘラクレス」ルターと『ハムレット』との関連性も意識していたのではないかと思うのです。

つまり、ハムレットはカトリックの心を内に秘めながら、ルターのようなプロテスタントの心をもちたいとあがいていたのではないか、ということです。


●参考にした図書 

『イギリスの歴史』君塚直隆・著 河出書房新社

ブリタニアの創成(太古〜古代)から現在のブレグジットの道まで、全12章構成の、斯界の第一人者によるイギリス通史入門編。イギリスの成り立ちから大英帝国、EU脱退まですべて解明。










『ルネサンス』会田雄次/中村賢二郎・著 河出文庫

自由な人間精神の復興をめざしたルネサンスと宗教改革の気運は、全ヨーロッパを覆い、善・悪・美・醜と赤裸々な人間の諸相が生々しく展開され、ここにヨーロッパのダイナミックな躍動が始まる。




フォロワー

このブログを検索

自己紹介

自分の写真
明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

QooQ