『ハムレット』という物語は、ある意味とても難解な物語かもしれません。私が初めてこの物語に触れた時には「訳がわからない」という印象をもちました。同じ気持ちをもたれる方も多いのではないでしょうか。
これは、歴代のシェイクスピア研究家も批評家も同じで、様々な解釈が存在し、ある有名な批評家は『ハムレット』をシェイクスピア劇のなかでも最低の作品だとしたほどです。
19世紀前後に始まったロマン派のシェイクスピア研究者は、『ハムレット』を優柔不断な青年が引き起こした悲劇だと解釈しました。つまり、父親の亡霊に「復讐せよ」と命令され、ハムレット自身も復讐を固く誓ったはずなのに、グズグズと先延ばししたおかげで殺さなくてもよかったポローニアスを殺害し、オフィーリアを発狂させ、最後は王族が全員死亡するという結果になってしまったという考え方です。
それでもロマン派の批評家の解釈だけでは矛盾点も多く不可解な部分も残ります。
現代人にも理解可能な形にした人に、ジョン・ドーヴァー・ウィルソン(注1)という人がいます。この人の解釈のおかげでかなり理解可能な形になり、これが『ハムレット』解釈の決定版といわれ、その時代が長く続いています。
シェイクスピア劇を名文に翻訳し世に送り出した福田恆存氏(注2)の『ハムレット』も、ウィルソンの解釈を全面的に取り入れています。
![]() |
(このブログを書いた2024年9月30日の段階では理解が浅く、若干の修正が必要と思い、上の部分を書き直します)
ロマン派の影響を強く受けた作品に、ローレンス・オリヴィエ監督/主演の映画『ハムレット』(1648年)があります。
この映画の冒頭には「これは決断できない男の悲劇である」と書かれたテロップが流れることから、ロマン派の解釈に基づく物語なのだなということが分かります。
『ハムレット』の不可解な行動は彼の内面の繊細さがもたらす迷いであり、それはハムレットを完璧な男としてではなく、人間であれば誰しもが持つ弱さをもった男として描き、それが時代を超えてこの物語が賞賛される理由なのだという解釈です。
ローレンス・オリヴィエの端正な顔立ちも手伝って、ハムレットは青白き文学青年というイメージが定着しました。
いっぽうシェイクスピア批評において、現代でも多大な影響を与え続けているジョン・ドーヴァー・ウィルソン(注1)は、単にハムレットが優柔不断だから復讐できないのだというのではなく、劇の進行に従ってさまざまに巻き起こる事件に反応して行動した結果なのだとします。
彼はハムレットが真実を知ろうとする過程を詳細に分析し、その過程で現れる数々の矛盾を、当時の舞台慣習や観客の期待を考慮しながら解釈しようとしました。
このウィルソンの批評に強く影響されたのが福田恆存(注2)翻訳の『ハムレット』です。
ただしウィルソンに対する批判として、彼が彼自身の独自解釈による変更が多すぎるというところがあります。
本来はなかった長文のト書きを書き加えて舞台を「演出」したり、ハムレットがオフィーリアに対して「尼寺へ行け」とののしるのは、事前にクローディアスとポローニアスの策略に気づいていたからだ、という解釈を紛れ込ませたりしました。
(私としては、松岡和子氏が松たか子氏の解釈に啓示をうけたように、オフィーリアの言動から彼女はポローニアスに操られているのだと気づいたから、という解釈に賛同します)
現代では、『ハムレット』が様々な解釈を許す作品であることから、いろんな人がいろんなことをいい、この物語を素材として、現代社会を批判する作品をつくったりサスペンスの要素をクローズアップして解釈したり、哲学的あるいは心理学的観点から考察する論など、いろいろあります。
しかしふと立ち止まって考えてみますと、エリザベス朝時代の芝居というものは娯楽だったはず。グローブ座に限らずあらゆる芝居小屋や地方の興行の場にやってきた観客は、浮浪者やスリなどの犯罪者なども含めた無学な市民から中流階級以上の人まで様々です。学のある人は別として、一般市民に対して高尚なお芝居をしたところで受けるはずがありません。
つまり『ハムレット』とて、一発で理解できるほど当たり前で「それは、あるあるだね」と感じるほど常識的なものであったはずです。
『ハムレット』を現代的に翻案して脚色することも面白い試みだと思いますが、エリザベス朝人にとっての『ハムレット』はどんなお芝居だったのかということを探ることも、『ハムレット』理解にとって重要だと思います。
こう考えてきますと、私にとってさまざな解釈の本を読んで上で最も合点がいった論は、河合祥一郎氏と松岡和子氏が唱えたものでした。
今回は触れませんが、今後、河合祥一郎氏の考え方を中心にお話しすることもあると思います。
なお、繰り返しますが、彼の主張とは違う解釈もさまざまあることを、あらかじめご承知おきください。
『ハムレット』あらすじ
本題に入る前に、『ハムレット』というお話のあらすじを追っておきたいと思います。
父の亡霊に命令された「復讐せよ!」
デンマークの王子ハムレットは、とても塞ぎ込んでいます。というのも、父であるハムレット王が突然亡くなり、しかも父の最愛の妻だったガートルードが、こともあろうに父の死後2か月もたたないうちに叔父のクローディアスと結婚したからなのです。そのためクローディアスがデンマーク王になってしまいました。
お芝居はデンマーク王家の城エルシノア城城壁上のシーンから始まります。ここでは交代で兵士が見張りに立っています。宿敵ノルウェイが攻めてくるかもしれないと警戒してのことですが、それとは関係なく兵士たちは異常に怯えています。というのは、真夜中の0時になると、亡くなったハムレット王の亡霊が現れるからなのです。
クローディアスの戴冠式の日、ハムレットの学友であるホレイショとマーセラスが城を訪れます(ここで重要なのは、彼らの通っている学校がウィッテンベルクだということ。覚えておいてください)。
亡霊の存在などてんから信じないホレイショは、初めは鼻で笑っていましたが、実際にハムレット王そっくりな亡霊が現れると驚愕し、さっそくハムレットに報告することにします。
父とそっくりな亡霊が現れると聞かされたハムレットは、確かめずにはいられなくなりました。そして真夜中に父の亡霊に会うと、彼から驚くべきことを聞かされます。「自分は殺されたのであり犯人はクローディアス。そのクローディアスが王冠をいただき妻を誘惑して神聖な床を汚している。この恨みを晴らすべく復讐せよ」と。
塞ぎ込んでいたハムレットは心に火がつき、全ての雑音を消し去って復讐を誓います。
ハムレットの惑い
ところが固い誓いにも関わらず、彼は迷い始めます。果たして亡霊のいうことは本当なのか。果たして自分が復讐を実行してもいいものなのか。それは人間はいかに生きるべきかと問う迷いでした("To be or not to be. That is a question."「生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ」)。
まずハムレットは、真実を探るべく狂気を装います。
彼は彼の最愛の女性オフィーリアに対して愛する心を胸に抱きながら、会うと突然豹変して彼女をなじります。結婚などするな、尼寺へ行けと強い口調で命令し、結婚するならバカとしろなどと暴言を吐いて彼女との絶縁を宣言します。まずここで私は「どういうことか?」とショックを受けました。
迷ったハムレットは亡霊のことばが真実かどうか確かめるため、たまたまやってきた旅役者の一団に、ハムレットが新たなセリフを加えた『ゴンザーゴ殺し』を演じさせます。そして劇のなかのエピソードである王暗殺のシーンの時に、クローディアスがどのような反応を示すか観察しました。その時クローディアスは、パニックになってお芝居を中断させます。これを見てハムレットは彼が父の暗殺を実行したのだと確信しました。
さて、これでハムレットは復讐に一直線に向かうかと思いきや心はまたもや揺れて、クローディアスが完全無防備でいるところに出くわしたにも関わらず、今は彼が告悔の最中だからという理由で千載一遇のチャンスを見逃したりします。
クローディアスの保身
クローディアスは自分の陰謀をハムレットが勘づいたことを知り、ハムレットをイギリスに追いやることを決めました。
一方、ハムレットの暴走をたしなめようとした母ガートルードは、彼を部屋に呼びつけます。しかし逆にハムレットは母の不貞をなじり、あれほど愛した父ハムレットを裏切ったことを責めます。母は追い詰められながら自分のしたことの意味にようやく気づきます。その際、物陰に隠れてことの次第を盗み聞きしていた王の忠臣ポローニアスを、ハムレットはクローディアスだと勘違いして刺し殺してしまいました。彼はオフィーリアの父親です。
この事件で身の危険を感じたクローディアスは、すぐにハムレットをイギリスに向かわせることを決意しました。しかもイギリス国王に彼の処刑を依頼する密書を、ハムレットの旧友ローゼンクランツとギルデスターンに持たせて。ところがそのことを察知したハムレットは、逆に彼らを処刑するようにと密書を書き換え、海賊に襲われるという偶然を利用してデンマークに戻ります。
ハムレットの最愛の女性オフィーリアを失う
いっぽう、父をハムレットに殺されたと知ったオフィーリアは発狂して、狂った頭で登場人物それぞれの真実を花言葉にもつ花を配り、その後、川で溺れて亡くなります。
デンマークに舞い戻ったハムレットは、ホレイショの案内で墓場に行きます。そこでかつて幼い頃に遊んでくれた道化師のヨリックのシャレコウベと再会し、悟りを開きます。
その時、オフィーリアを埋葬する隊列がやってきました。父ポローニアスを殺され、妹のオフィーリアを発狂させ自殺させた張本人として、ハムレットに復讐することを決意したレアティーズも隊列に加わっており、飛び出してきたハムレットと殺し合いの騒動に発展しかけます。
そこは一旦収まり、後日、剣の試合で決着をつけることになりました。
クローディアスは一計を案じます。レアティーズに模擬剣ではなく真剣を持たせてその先端に猛毒を塗らせ、傷を負わせてハムレットをあの世に送り込もうと。さらに念を入れて、休憩時にハムレットが飲むお酒に毒を仕込み、剣が失敗してもこれで、と考えます。
ハムレット殺害の陰謀
毒入りのお酒は妻ガートルードが飲んでしまいました。
毒を塗ったレアティーズの剣がハムレットに傷を負わせます。
逆にハムレットがレアティーズの持っていた毒剣を奪ってレアティーズを刺します。
ハムレットひとりを殺そうと企んで仕込んだクローディアスの毒は、デンマークの王族全員に襲いかかってきました。そこへ、ノルウェイの若き王フォーティンブラスがやってきます。ポーランドと戦うためにデンマークを通らせてもらったので、お礼を兼ねて報告にやってきたところでした。
彼の父フォーティンブラス王は、かつてハムレット王と一騎打ちをして敗れ、国土も人民もデンマークに奪われていたのです(注3)。そのため彼もまたデンマークに復讐をしようと試みたことがあるのですが、諭されて断念しています。
フォーティンブラスに託す
以前、ハムレットはフォーティンブラスがポーランドとの戦いのためにデンマークを通過する姿を見ており、そのキッパリと覚悟を決めた勇壮な姿に感動し、自分の不甲斐なさを嘆いたことがあります。
瀕死の状態に陥ったハムレットは、デンマークの次期王にフォーティンブラスを指名して息絶えます。フォーティンブラスもまた、武人としてのハムレットを讃え、彼を手厚く埋葬したのでした。
宗教と『ハムレット』
とまあ、あらすじが長くなってしまいました。
ハムレットのクローディアスに対する復讐、レアティーズのハムレットに対する復讐、さらにフォーティンブラスによるデンマークへの復讐と3つの復讐がひとつのお芝居で語られますので復讐劇と見られがちですが、そこにフォーカスしてしまうと、本質を見失います。3つの復讐は、それぞれが秘めている復讐者の心にこそ光を当てるべきなのです。
フォーティンブラスの心は復讐心を乗り越え達観した心、レアティーズのそれは素朴な怒りが生んだ復讐心。ただし最後の試合の時に、自分の卑怯なやり方を恥じています。
そしてハムレットの復讐心。復讐を果たすまでに迷いに迷います。これをロマン派の人々は彼の優柔不断さや狂気のせいだとしました。今もまだ、この考え方が主流かもしれません。
しかし、河合祥一郎氏はこれに真っ向異論を唱えます。彼の復讐心は彼の宗教心によって惑うのであり、悟りを開いたからこそ復讐を果たすことができたのだとします。
今話は、あらすじに多くの文字数を使ってしまいましたので、この話の後半は次のお話でお話しします。
************
(注1) ジョン・ドーヴァー・ウィルソン
ジョン・ドーヴァー・ウィルソン(John Dover Wilson、1881年-1969年)は、イギリスの著名なシェイクスピア学者であり、特に『ハムレット』の解釈で知られています。
・『ハムレット』の新しい解釈を提示し、作品の深層心理的な側面に光を当てた
・1959年に出版された "What Happens in Hamlet" は、『ハムレット』研究の古典的著作
・作品の細部に注目し、テキストの綿密な分析を行った。
ウィルソンの研究は、『ハムレット』の解釈に新たな視点をもたらし、現代のシェイクスピア研究にも大きな影響を与えています。
(注2)福田恆存
福田恆存(ふくだ つねあり、1912年-1994年)は、日本の著名な作家、評論家、翻訳家。
・翻訳家として:シェイクスピアの『ハムレット』をはじめ、多くの西洋文学作品を日本語に翻訳
・文芸評論家として:戦後日本の文学界で重要な役割を果たし、独自の文学観を展開
・思想家として:保守主義的な立場から、戦後日本の政治や文化について積極的に発言
・教育者として:日本大学芸術学部などで教鞭を執り、多くの後進を育成
福田恆存の『ハムレット』翻訳は、原文の韻律を日本語で再現しようとした点でとくに高く評価されています。彼の翻訳は、シェイクスピア作品の日本での受容に大きな影響を与えました。文学、思想、翻訳など多方面で活躍し、戦後日本の文化に大きな足跡を残した知識人として知られています。
(注3)一騎打ちをして敗れ
これは騎士道精神にもとづく取り決めであり、勝った方が負けた方の所有する土地や人民を総取りするということは合法とされていました。負けたフォーティンブラス王はその場で死亡してしまいます。このため王子フォーティンブラスは復讐しようと思うのですが、騎士道精神に反すると諭されて断念するのです。
●参考にした図書
『シェイクスピア』河合祥一郎・著 中公新書
ウィリアム・シェイクスピア(1564~1616)は、世界でもっとも知られた文学者だろう。『マクベス』や『ハムレット』など数々の名作は現代も読み継がれ、世界各国で上演され続けている。
本書は、彼が生きた時代背景を踏まえ、その人生や作風、そして作品の奥底に流れる思想を読み解く。
『ハムレット』ウィリアム・シェイクスピア・作 福田有恒・訳 新潮文庫
『ハムレット』ウィリアム・シェイクスピア・作 小田島雄志・訳 白水社
0 件のコメント:
コメントを投稿
お読みいただき、ありがとうございます。ぜひコメントを残してください。感想や訂正、ご意見なども書いていただけると励みになります