北欧神話に語られた神々のなかで、もっとも特異な存在はロキでしょう。ロキは映画やコミック、ゲームなどにも登場するので、ご存知の方も多いと思います。
彼はいたずら者で、時にはひどいこともやってのけますが、それが思いがけず神々の助けになったりもする不思議な存在です。その一方で邪悪な面も持ち、最後には神々の終焉「ラグナロク」を引き起こす張本人でもあります。
文化人類学的に言えば、「トリックスター(第56話の注を参照)」と呼ばれることもあるようですね。
ポップカルチャーに登場するロキは、オーディンの養子でトールの弟という設定で描かれることが多いのですが、13世紀に編纂された『古エッダ』やスノッリ・ストゥルルソン(第56話の注を参照)の『散文のエッダ』という原典資料に記されたロキの姿は大きく異なります。
今話では、北欧神話の原典に基づいて描かれたロキの特異な立ち位置と、彼が北欧神話のなかで果たしている役割について考えてみたいと思います。
⚪︎ロキの子どもたち
⚪︎変幻自在のロキ
・巨大狼フェンリル
ロキの出自
性格は極めて狡猾でいたずら好きですが、その振る舞いにはどこか人を惹きつける魅力があります。そんな彼の特異な出自と、得意とする変身能力について解説します。
ロキは、「残酷に打つ」という意味の名を持つ巨人ファールバウティを父とし、「葉の島」という意味の名を持つ女巨人ラウフェイを母としています。
本来は巨人族の血筋であるロキですが、主神オーディンと「義兄弟のちぎり」を交わしたことにより、神々の一員として迎え入れられることとなりました(注1)。
世界の創世以来、神々と巨人族はお互いに敵対関係にあるのですが、ロキはこの巨人族の血を引く者なのです。
なぜオーディンがロキを迎え入れたのかについては、現代に伝えられている神話には語られていません。
しかし、ロキのもつこの複雑な出自と性格が、北欧神話に奥深さと人を惹きつける魅力を加えていることは確かです。
変幻自在のロキ
ロキの大きな特徴の一つとして、自身の姿を自在に変え、動物に姿を変身させる能力があげられます。
エピソードをあげてみましょう。
- アブに変身
- ドワーフの兄弟ブロクとシンドリにロキは神々の宝物を作らせたが、賭けに負けることを嫌がってアブに変身し、ふいごを吹く小人を激しく刺して邪魔をした
- 鷹に変身
- 巨人にさらわれた青春の女神イズンを救出するために、女神フレイヤから鷹の羽衣を借りて鷹に変身した
- 鮭に変身
- ロキは策略で光の神バルドルを暗殺したが、神々の激しい怒りを買うはめになる。神々の追跡から逃れるため、ロキは鮭の姿に化けて川の滝壺に潜み、身を隠そうとした
ロキの子どもたち
ロキは女巨人のアングルボザとの間に三人の子を授かりました。しかし神々は、彼らが将来自分たちにとって恐るべき脅威となることを予言によってあらかじめ察知していたのです。
そこで神々はこの子たちを何とか抑えつけようとしますが、最終決戦のラグナロクでは神々との死闘を繰り広げることになります。
巨大狼フェンリル
フェンリルは幼い頃にアースガルドで育てられましたが、巨大化し凶暴になったため、神々は将来の破滅を恐れて彼を拘束しようとしました。
神々は太い鉄の鎖を作って縛ろうとしましたが、フェンリルはいとも簡単に引きちぎってしまいます。
そこで神々は、ドワーフにどんな力をもってしてもちぎれない鎖を注文します。小人たちは希少な素材で作った細い魔法の紐グレイブニルを作りました。
縛られる際にワナを疑ったフェンリルは、保証として神の右手を口に入れるよう要求します。戦神テュールがこれに応じました。
ドワーフが作った紐は弱々しく見えましたが、こればかりはどうしてもちぎることができません。拘束が解けないと知ったフェンリルは、激しくもだえながらテュールの右手を噛みちぎりました。
最終的にフェンリルは、岩に固定され口に剣を突き立てられた状態で、世界の終焉まで封印されることとなったのです。
フェンリルは北欧神話における「力」「恐怖」「破壊」の象徴です。
主神オーディンがその脅威を恐れて幾度も鎖で拘束しようと試み、フェンリルを岩に縛り付けることができたものの、最終的には予言のとおりに飲み込まれてしまいます。
このことから、フェンリルは神々ですら抗うことのできない冷酷な運命そのものを体現している存在だといえるでしょう。
世界蛇ヨルムンガンド
この蛇が忌々しくて、オーディンは人間界(ミッドガルト)を取り囲む広大な海へ投げ捨ててしまいます。
しかしヨルムンガンドは海の中で、驚異的なスピードで成長を遂げました。ついにはその巨体は、ミッドガルドをぐるりと一周して、自分の尻尾をくわえるほどの途方もない大きさになったのです。
ヨルムンガンドは、雷神トールにとって最大の宿敵とも呼べる存在です。両者の因縁を物語る有名なエピソードをご紹介しましょう。
『トールの豪快な釣り』
宴会用の巨大な大釜を借りるため、トールは巨人ヒュミルのもとを訪れました。
ヒュミルはトールを恐れながらも迎え入れ、宴会を開きます。ヒュミルは牛を3頭食卓に並べますが、トールはそのうちの2頭を丸ごと食べてしまうほどの食欲を見せます。
これに驚いたヒュミルは、翌日の食卓に並べるための食料が必要だということで、海に出て漁をすることを提案します。
「餌は自分で調達しろ」というヒュミルの言葉に応じて、トールはヒュミルの牧場にいた立派な雄牛の頭を素手で引きちぎり、それを釣り餌としました。
翌朝、漁に出ると、トールはヒュミルの静止を聞かずにヨルムンガンドのいる沖合まで出て、牛の頭を釣り竿にぶら下げて釣りを開始しました。
トールは見事、ヨルムンガンドを手元まで引き寄せることに成功します。そこでミョルニルを取り出して、ヨルムンガンドの頭を打ち砕こうとしました。
ここで意外なことが起こります。ヒュミルは世界蛇に恐れをなして、トールの釣竿の糸を切ってしまったのです。ヨルムンガンドは悠々と海の底へ逃れていきました。
ここからトールとヨルムンガンドは宿敵となります。
ヨルムンガンドが示すものは、人間の住む秩序ある世界の外側に潜む、混沌と恐怖を象徴する存在です。
神々のなかで随一の強さを誇り、数々の巨人を討ち取ってきた最強のトールですら、最期はこの大蛇の毒に屈するという結末をむかえます。
それは、神々ですらあらかじめ定められた滅びの運命から逃れることはできないという、北欧神話特有の徹底した無常観を象徴しています。
冥界の女王ヘル
ヘルは、ロキと女巨人アングルボザとの間に生まれた子どものなかでは、一番人間に近い姿をしていますが、この女性は異形の化け物でした。
彼女の体は、身体の半分は普通の人間の肌の色をしていますが、他の半分は青黒く変色し、腐った死体のような姿をしていたとされています。
この子も将来恐ろしい相手になると判断したオーディンは、世界の最下層にある霧と闇の冷たい世界ニブルヘイムへと投げ落としました。
ただし、オーディンはただ追放しただけではありません。オーディンは彼女に九つの世界に対する権限を与え、戦場で名誉ある死を遂げた戦士たち以外の、病気や老衰などで亡くなったすべての者たちを受け入れ、支配する役割を命じました。
こうして彼女は、そびえ立つ城壁と巨大な門に囲まれた自身の館エリューズニルを構えて、冥界の絶対女王として君臨することになったのです。
彼女は、生きとし生けるものにとって逃れられない「死」の象徴として描かれました。
ヴァルハラで戦士として生き続ける名誉ある死とは異なり、病や老いによる日常的な死と、その先の冷たく暗い世界を支配する彼女は、神々でさえも覆すことのできない死の絶対的な権力を示しています。
トリックスターとしてのロキの役割
これは文化人類学的にいうと「トリックスター」と呼ばれる存在です。
彼は神々を困らせるいたずらや策略を用いたりするトラブルメーカーでありながら、その悪知恵によって、かえって神々の窮地を救うこともある多面的なキャラクターなのです。
神々の宝物の獲得
ロキはトールの妻シフの髪を切ったいたずらのつぐないとして、二組の小人(ドワーフ)職人を競わせ、神々の宝物を作らせました(注2)。
ロキがアブに化けて作業を妨害することによって、ミョルニルの柄を短くするといういたずらもありましたが、結果としてミョルニル(トールのハンマー)やグングニル(オーディンの槍)などの強力な武具が神々に献上されます。
これによりロキは不祥事を帳消しにし、神々の権威を高める功績を残しました。
トールが偽装した花嫁に付き添う侍女
巨人に奪われたミョルニルを奪還するため、剛腕のトールが女神フレイヤに変装して敵陣に乗り込むエピソード(『スリュムの歌』)では、侍女役に扮して同行したロキの機転が大きな役割を果たします
トールが宴の席で驚異的な食欲を見せ、巨人に正体を怪しまれそうになった際も、ロキが巧みに言い訳をしてその危機を救いました。前話でご紹介したこの女装作戦において、ロキのサポートは不可欠なものでした。
オーディンの愛馬スレイブニルの母親
巨人が化けた建築士が、ヴァン神族との戦いで壊れたアスガルドの城壁再建を請け負いました。神々は報酬を払いたくなかったため無理な期限を課しましたが、建築士は名馬を使い期限内に完成させそうになります。焦った神々に命じられたロキが、牝馬に化けて名馬を誘惑し作業を妨害。
その結果、ロキは後にオーディンの愛馬となる、8本足のスレイブニルを出産しました。
ラグナロクの引き金となる
神々は死んだ光の神バルドルを惜しみ、冥界の主ヘルに彼の蘇生を懇願しました。
ヘルは「世界のすべての存在が彼のために泣くこと」を生き返りの条件として提示しましたが、セックという老婆一人が涙を流すことを拒んだため、蘇生は叶いません。
実は、この老婆の正体はロキの変身した姿だったのです。これが引き金となり、世界は破滅の道へと突き進むことになりました。
まとめ
ロキは二面性を持つ、北欧神話において不可欠な存在です。彼の機転や悪知恵はミョルニルなどの神々の宝物を生み出す一方、ラグナロクという破滅を招く決定的な要因にもなりました。
神と巨人の間に生まれた彼は、神々の列に加わっても本質は異邦人であり、主流にはなれません。
ロキは類まれな美貌と邪悪さをあわせもっていますが、彼の悪行のほとんどに悪意はなく、気まぐれや思いつきが主でした。
しかし、はじめは道化のように振るまっていた彼も、女巨人との間に怪物をもうけ、最後には明確な悪意をもって世界を破滅に向かわせるのです。
彼は物事をつくり替えあるいは壊して、変化のきっかけもたらす存在です。その得体の知れない異質さこそが、北欧神話の物語を形づくり、世界を終焉へと動かす原動力となっています。
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注1 神々の一員として迎えられた
このためにオーディンとロキは血の契りを交わしたとされていますが、原典にはほとんど記述が残されていません。
『古エッダ』の『ロキの口論』という詩のなかで、ロキ自身がオーディンに向かって「昔、俺たち二人が血を混ぜたことを覚えているだろう」と語る場面があります。この記述から、二人が血を混ぜて義兄弟の契りを交わしたということだけが、現在に伝えられています。
後世の解説や再話などには、以下のようなエピソードが語られています。
火の巨人の血を引くロキがアースガルドを訪れた際、その美貌と雄弁さからトールらには好かれましたが、ヘイムダルら多くの神々は彼の狡猾さを危惧し反対しました。
しかし、自身も巨人の血を継ぐ主神オーディンはロキを深く気に入り、反対派を説得。ロキの知略や「空飛ぶ靴」の有用性を高く評価しました。
最終的に二人は義兄弟の契りを交わし、血を混ぜ合わせる儀式を経て、ロキはアース神族の一員として迎え入れられました。
注2 神々の宝物を作らせました
ロキが気まぐれにトールの妻シフの髪をすべて切り落とすといういたずらをしました。当然、トールは怒り心頭です。ロキを捕まえて全身の骨を砕こうとしました。
命の危険を感じたロキは、ドワーフの職人に頼んで、本物の黄金でできた本物の髪のように伸びるかつらを作らせると約束して、トールに許してもらいました。
ロキはまず、小人族であるイーヴァルディの息子たちのところに行き、約束通りシフのための黄金の髪を作らせました。そのついでに、オーディンの槍グングニルと、神々全員が乗れるほど大きいのに折りたたんでしまえるフレイの魔法の船スキーズブラニルも作らせます。
それくらいのことでは帰るロキではありません。ことのついでに、別の有名なドワーフの兄弟であるブロックとエイトリのところへ行き、「お前たちはこれより立派な宝物は作れないのだろう」と作らせた宝物を見せて挑発し、小人たちも自分たちの命を懸けて挑発にに乗りました。
賭けに負けると自分の命が危ないと思ったロキは、アブに化けて彼らを激しく刺し、仕事を邪魔したのです。
その時に作っていた宝物がトールのミョルニルでした。そのため、ハンマーは柄が少し短くなってしまいました。
この時に、小人たちに作らせた宝物は、以下の3つです。
- グリンブルスティ:水上や空を駆ける、黄金に輝く猪。これはフレイの宝物
- ドラウプニル:9日ごとに同じ重さの腕輪を8個生み出す黄金の腕輪。これはオーディンの宝物
- ミョルニル:投げれば必ず戻ってくる、巨人族を打ち倒すための最強のハンマー。これはトールの宝物
ロキは命が惜しいので「頭は賭けたが首は賭けていない」という屁理屈を言って、何とか罰から逃れようとします。
最終的には命を落とすことは免れましたが、ロキは口を皮紐で縫い合わされるという、手痛い罰を受けました。







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