第58話  北欧神話の物語 | 最初の戦争に隠された古代人の知恵

2026/04/07

神話 北欧神話

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神々が氷銀の巨神ユミルを倒し、その体を使って世界を作り上げると、神々、巨人、人間、妖精や小動物などが地上に繁栄してまいりました。

神々は、北欧神話でよく語られるアース神族だけでなく、ヴァン神族という神族もありました。

神話の冒頭の方で、この「アース神族とヴァン神族の争い」が語られています。この神話は何を表しているのでしょう?

第55話での世界の創世記の話を思い出してみてください(第55話参照)。

世界の始まりにおいて、何もない虚無の中から霧の巨人が誕生しました。その巨人を養ったのはアウドゥンブラという一頭の牝牛であり、彼女はまた氷塊を舐め続けることで神々を出現させました。

この世界の黎明期は、まさにこの牝牛の存在によって形作られたといっても過言ではありません。

これは何を意味しているのでしょうか?

北欧神話は、紀元前3000年ごろに成立していたと言われていますが、その断片が発見されたのは13世紀、スノリ・ストルルソン(第56話の注を参照)によってです。相当に時間が経っており、改変もかなり行われたことでしょう。

その冒頭の創世記に、牝牛のアウドゥンブラが世界を育てた(つまり古代においては、女性が大変崇められた)ということを示しています。

それが後にバイキングと呼ばれる北欧人が、ヨーロッパへ激しく戦いを挑み、侵入し、破壊し、略奪し、「バイキング時代」という闘争の世界を出現させました。
ヨーロッパ中が恐怖の渦に巻き込まれたのです。

ヴァイキング時代とは、8世紀から11世紀までのヨーロッパの歴史です。
スノリ・ストルルソンが13世紀にアイスランドで発見した『エッダ』や『サガ』は、これに影響を受けていると思われるのです。

この北欧人の考え方の変遷が、「アース神族とヴァン神族の戦い」という神話に反映されていると研究者たちは考えました。


【目次】
〇 アース神族とヴァン神族の争い(あらすじ)

〇 アース神族とヴァン神族それぞれが象徴するもの

〇 まとめ


アース神族とヴァン神族の戦い(あらすじ)

魔女グルヴェイグがアース神族のもとにやってきて話をしますが、自分の自慢話や黄金への執着の強い話ばかりをするので、アース神族の神々は怒って罰を与えようとしました。

しかし、罰しても罰しても、魔女はよみがえり、さらにいろんなところへ行って、自慢話を繰り広げます。

アース神族による魔女への迫害をきっかけに、激怒したヴァン神族が戦いを仕掛けたことで、両陣営の抗争が始まりました。しかし、長期にわたる戦いでも決着はつかず、疲弊した神々は、互いに指導者を人質として交換することを証として、和睦することに合意したのです。

アース神族からはヘーニルとミーミルの2神が送り出され、一方でヴァン神族からはニョルドとフレイ、そしてフレイの娘であるフレイヤが差し出されることとなりました。

ところが賢者であるはずのヘーニルが全く役に立たず、何事も決断できない優柔不断な神だったのです。

騙されたと思って怒ったヴァン神族は、ヘーニルの首を切り落として送り返しましたが、主神オーディンはこの首を保存し、命を吹き込んで自分の知恵袋としました。

トラブルはありましたが、最終的には両者は和解をし、平和の証として、神々が一つの壺に唾液を吐き入れ、儀式で永遠の平和を誓います(注1)。

その唾液から賢者クヴァシルが誕生し、二つの神族は統合されて、北欧神話の神々の世界が完成しました。

アース神族とヴァン神族それぞれが象徴するもの


アース神族とヴァン神族は、それぞれ何を象徴しているのでしょう?

日本神話でも、その裏側に現実の歴史が隠されていると考えられています。北欧神話においても、アース神族とヴァン神族の戦争は二つの文化の衝突であり、それが融和していく歴史であると研究者は考えているのです。

スカンジナビア半島やユトランド半島に住んでいた古代の北欧人は、もともとは平和を愛する民族で、農耕を中心とした生活をしていたと考えられています(生命の母である牝牛アウドゥンブラにも象徴されているのではないか?)。

紀元前2000年頃からゲルマン民族が侵入してきて、戦争になりました。このことが、アース神族とヴァン神族の戦いとして神話に表現されています。

換言すれば、ヴァン神族は土着の平和的な農耕民族を象徴し、アース神族は後から侵入してきた好戦的なゲルマン民族を象徴しているという、歴史的な比喩として解釈できるのです。

そして神話では、この2つの神族が和解し、お互いに欠かせない存在として協力し合うようになりました。

歴史においても、武力闘争をするグループと、農耕を中心とした生産をするグループとが分かれて協力し合って生活していたと思われます。

この武力闘争を役割としていたグループが、後にヴァイキングとしてヨーロッパ全土を席巻することになります。

その背景には、長男以外は食いぶちがない、という民族内の食糧問題や、新天地を求める旺盛な冒険心をもった人々が増加したこと、などが原因として考えられています。

まとめ

平和を愛し農耕を重んじて平穏に暮らすだけでは、他民族からの侵攻に抗う術を持てない。一方で、武力を尊び侵略を繰り返すだけでは、自らの社会を維持し続けることは困難だ。

こうした相反する課題に直面した二つの民族は、生存のために互いに手を取り合い、協力して歩む道を選んだ。

これが古代北欧人の知恵として、「アース神族とヴァン神族の戦い」という神話の形で語り継がれてきたのです。

**********

注1 唾液を吐き入れ

現代人にとって、「唾液を吐き入れ、混ぜ合わせる」という行為は非常に奇異に映ります。 しかし、文化人類学的には「血の盟約」と同様に、「互いの霊的な一部を混ぜ合わせ、一つの共同体になる」という、非常に強い統合の象徴だとされています。

豆知識:クヴァシルの悲劇

二つの異なる神族が和平の証として唾を混ぜ合わせ、それを使ってクヴァシルという「知恵と平和の使者」を生みましたが、彼はドワーフによって殺害されます。

さらにその血を発酵させて「詩の蜜酒」が生まれました。この蜜酒を飲めば、どんな凡人でも優れた詩人になるという「魔法の蜜酒」です。

これを巨人スットゥングが独り占めしますが、主神オーディンが奪い返すという神話があります


●参考にした図書 

『北欧神話物語』K・クロスリイ・ホランド・著 山室静/米原まり子・訳 青土社

この本は3部に分かれており、「はしがき」に多くのページを割いてこの本の概要を解説し、「神話」の章は大地創造からラグナロクまでの各神話、そして「北欧神話ノート」で各神話についての解説が書かれている。




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明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

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