筆休め#1 “Cambric Shirt(Scarborough Fair スカボローフェア)” の謎

2023/02/04

『フォークソング』

t f B! P L


いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。

長い特集がふたつも続きましたので、ここらでちょっと筆休めをしたいと思います。

「筆休め」は、歌やナーサリー・ライム(マザーグースの歌)、子育て、英語、コミュニケーションといった、物語から少し脇道にそれたお話をお届けするコーナーといたします。

どうぞ変わらぬご愛顧をお願いします。

***

さて今回の「筆休め#1」では、「“Scarborough Fair(スカボローフェア)”(ラボ・ライブラリーの『C.W. ニコルのフォークソング 流浪の詩』では“Cambric Shirt”)の謎について、考えてみたいと思います。

「スカボローフェア」は、'70年代にサイモンとガーファンクルというフォーク・デュオが歌って大ヒットしました。当時はベトナム戦争が激しさを増していた時代で、多くの若者が反戦を叫び、フォークソングに乗せて反戦歌を歌っていた時代です。

サイモンとガーファンクルはこの歌に、輪唱のような形で、もともとにはなかった第2のメロディを反戦の意味を込めて歌っていました。

もちろん伝統的な“Cambric Shirt”にはその第2のメロディはありません。

この後に英語の歌詞と私の拙訳を載せますが、考えてみればこの歌、謎だらけと思いませんか?

歌い手は、無理難題をあげて、それができたら「彼女はぼくのほんとうの恋人になる」というのです。それに「パセリ、セイジ、ローズマリーそれからタイム」って、何ですか? ハーブの名前をあげつらねて、何の意味があるのでしょう?

ラボ教育センターが刊行している『C.W. ニコルのフォークソング 流浪の詩』にもこの歌の解説を載せていますが、この歌にはたくさんのヴァージョンがあり、解釈もいろいろだと記しています。

この “Cambric Shirt” について、ラボ教育センターによる解説をご紹介するとともに、別の解釈もご紹介しよう、というのが今回の「筆休め#1」の企画です。

歌詞


“Scarborough Fair(スカボローフェア)”あるいは“Cambric Shirt”の歌詞は、さまざまなヴァージョンがあるようです。

今回は、サイモンとガーファンクルが歌った “Scarborough Fair”(第2メロディなし)と、ラボ・ライブラリー版 “Cambric Shirt” のふたつを載せますので、見比べてみてください。

なお、“Scarborough Fair” の拙訳は私、“Cambric Shirt” の訳はラボ・ライブラリー版のものを引用いたします。

“Scarborough Fair” 

Are you going to Scarborough Fair?
    あなたはスカボロー・フェアに行くのですか?
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ、セイジ、ローズマリーそれからタイム
Remember me to one who lives there
    (スカボローに行ったら)そこに住んでいるその人にぼくのことを伝えてください
She once was a true love of mine
    彼女は昔、ぼくのほんとうの恋人だったんだ

Tell her to make me a cambric shirt
    彼女に伝えて。キャンブリック・シャツを縫ってくれ、と
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ、セイジ、ローズマリーそれからタイム
Without on seams nor needle work,
    縫い目も残さず針も使わずに
Then she'll be a true love of mine
    そうしたら彼女はぼくのほんとうの恋人になる

Tell her to find me a acre of land
    彼女に伝えて。1エーカーの土地を見つけて、と
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ、セイジ、ローズマリーそれからタイム
Between the salt water and the sea strands,
    その土地は海と岸辺の間にある土地
Then she'll be a true love of mine
    そうしたら彼女はぼくのほんとうの恋人になる

Tell her reap it with a sickle of leather
    彼女に伝えて。皮の鎌でそれを刈り取って
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ、セイジ、ローズマリーそれからタイム
And gather it all in a bunch of heather,
    それを全部ヘザーの束にまとめて、と
Then she'll be a true love of mine 
    そうしたら彼女はぼくのほんとうの恋人になる

Are you going to Scarborough Fair?
    あなたはスカボロー・フェアに行くのですか?
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ、セイジ、ローズマリーそれからタイム
Remember me to one who lives there
    (スカボローに行ったら)そこに住んでいるその人にぼくのことを伝えてください
She once was a true love of mine
    彼女は昔、ぼくのほんとうの恋人だったんだ

***

“Cambric Shirt”(ラボ教育センター版)

Are you going to Scarborough Fair?
    あなたはスカボロー市(いち)に行くのですか
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ セージ ローズマリー タイム
Carry this riddle to one who lives there
    この謎々をそこに住む人に持っていってください
For she will be a true love of mine
    その人がわたしのほんとうの恋人でしょうから

Can you make me a cambric shirt
    亜麻のシャツを作ってくれますか
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ セージ ローズマリー タイム
Without any seams or needlework
    縫い目もなく 針仕事もしないで
And you will be a true love of mine
    できれば貴女はわたしのほんとうの恋人でしょう

Can you wash it in yonder well
    そのシャツを向こうの井戸で洗えますか
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ セージ ローズマリー タイム
Where never sprung water nor rain ever fell?
    水も湧き出ないし 雨も降ったことのない井戸で
And you will be a true love of mine
    できれば貴女はわたしのほんとうの恋人でしょう

Can you find me an acre of mine
    1エーカーの土地を見つけてください
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ セージ ローズマリー タイム
Between the salt water and the sea sand?
    海と砂州の間に
And you will be a true love of mine
    おできになれば貴男はわたくしのほんとうの恋人ですわ

Can you plough it with a curly ram's horn
    曲がった雄羊の角でそこを耕すことができますか
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ セージ ローズマリー タイム
And sow it all over with one peppercorn?
    一粒の胡椒の実でそこ一面に種子をお播きになれますか
And you will be a true love of mine
    おできになれば貴男はわたくしのほんとうの恋人ですわ

When you have done and finish your work
    そうしたお仕事がお済みになったら
Parsley, sage, rosemary and thyme
    パセリ セージ ローズマリー タイム
Then come to me for your cambric shirt
    わたくしのもとへ亜麻のシャツをとりにおいでください
And you will be a true love of mine
    そのとき貴男はわたくしのほんとうの恋人ですわ

解釈

ラボ教育センター刊『C.W. ニコルのフォークソング 流浪の詩』では、掲載したすべての歌に解説がついているのですが、その解説は、ひとり語りあるいは架空の2~3人がした会話という形で書かれています。

ラボ教育センターによる解説

ラボ・ライブラリー版が掲載しているこの歌の解釈は次のようなものです。

  • “Cambric Shirt” にはさまざまなヴァージョンがある
    • ラボ・ライブラリー版は1791年のリトソン版を使用
    • 1670年にスコットランド王ジェームズ1世が書いたものもある
    • 中世にさかのぼっても伝が異なる版がある
  • “Cambric Shirt” の内容
    • すべての版に共通するのは、男が娘に不可能な仕事を言いつけると、聡明な娘は同じように不可能な答えを男に要求するというもの
    • 男が娘にシャツを作ってくれというのは求愛を意味し、娘がシャツを作ったらその申し出を承諾したという意味になる
  • 「パセリ セージ ローズマリー タイム」の意味
    • これらのハーブを売ろうとして客を呼んでいる市場の女たちの声
    • ハーブには魔力があると考えられていたので、魔女が使う呪文の名残とも考えられる

別の解釈

ラボ・ライブラリー版ではこのように解釈していて十分成り立つのですが、他にはないかとネットを渉猟していると、ありました。

・バラッドがルーツだという説

この歌は、「エルフィン・ナイト(The Elfin Knight 妖精の騎士)」という中世のバラッドにインスパイアされて作られた、というんですね。

バラッドというのは、中世で成立した物語的な民謡のひとつで、イギリスで歌曲として様式化されたものです。「エルフィン・ナイト」は、アメリカのチャイルド博士が収集したバラッド集『チャイルド・バラッド』第2巻に収められています。(「世界の民謡・童謡」参照

その物語のあらすじをまとめると、次のようになります。

まだうら若き乙女が、恋人が欲しいと祈っておりますと、妖精の騎士を召喚してしまいます。乙女は自分の恋人になってほしいと騎士にお願いするのですが、騎士からみるとその娘はまだほんの子ども。すっかり困惑してしまいます。

そこで妖精の騎士は、無理難題な仕事をふっかけてあきらめさせようとします。ところがこの聡明な娘は、逆に無理難題をいって騎士のことばを相殺してしまうのです。

ほとほと困った騎士が「自分には妻も子どももいるのだ」と告白して、ようやくあきらめさせることができた、というお話です。

「パセリ セージ ローズマリー タイム」という呪文は、美男の騎士ではあるが妖精に変わりはないので娘が身を守るためにつぶやいたもの、とされています。

・スカボロー・フェア(スカーバラの市)が魔界との交流の場だったという説

この市(いち)では、魔界の妖精と人間が交わる場所だとされ、妖精が人間に無理難題な謎をふっかけ、それをまともに答えたらその人間を妖精が魔界に連れて行ってしまう、という説もあります。

「パセリ セージ ローズマリー タイム」という呪文については、妖精のたくらみに気づいた人間がこの呪文をとなえると、難を逃れられるというものでした。(「パセリ、セージ、ローズマリーとタイム」参照

***

まだほかにも説がありそうですが、このくらいにしておきましょう。

私は、バラッド起源説が一番「好き」ですね(笑)。バラッド起源説を本命としてお話を進めます。

サイモンとガーファンクル版に込められたもの(考察)

ラボ・ライブラリー版の “Cambric Shirt” のほうは、男が娘に無理難題をいうと娘が無理難題を返すという和訳になっていますから、バラッドのイメージが下敷きなっていることをうかがわせます。

しかしサイモンとガーファンクル版では、男が一方的に語るだけで娘の返答はありません。私には、この歌は反戦歌であるということが刷り込まれていますから、男が一方的に話しているというところに、どうしても意味をもたせたくなります。

歌詞の流れを追いますと、男がスカボロー・フェアに行く人に「スカボローに行ったらそこに住んでいる女性に、あなたは昔、私のほんとうの恋人だったと伝えてほしい」と頼むのが歌の1番。
2番からは、男のだす無理難題をその女性が叶えることができたら、きっと彼女は私のほんとうの恋人になるだろう、と予言めいたことばを連ねます。
そして最後にまた、彼女はかつての自分のほんとうの恋人だったと歌って終わります。

この歌を考えてみます。

その女性がこの男のほんとうの恋人だったことは間違いないでしょう。しかし今は、彼女は遠く離れてしまっている。男がいう無理難題はどうあっても不可能なこと。つまり、実行不可能なこの謎が解けるという奇跡は起こるはずがないと、この男は観念しているのです。

戦場にあって、たとえ足が無くなったとしても、生きてさえいれば再び彼女に会うことができます。しかし不可能が可能になるような奇跡が起こらなければ彼女には会えないとなれば、彼女に再び会える可能性は、限りなくゼロに近い。

つまりこの男は瀕死の状態か、あるいはすでに……、と思ったりします。

ウクライナの戦士は、まだ自分たちの故郷を守るんだという強烈な目的があるので、たとえ英霊になっても多くの戦士の士気が衰えることはないのではないかと思います。むしろ、惨状を目にしてさらに闘志を燃やすのではないでしょうか。

もちろんこの戦争はウクライナの人々にとって不幸なことです。早く戦士の目が優しくなる日が来てほしいと願うばかりです。

□シアの戦士はどうでしょうか? 戦場へむかう道中こそネオナチをせん滅するのだと意気があがっていたとしても、罪のない市民にさえ非道を行えと命令する軍の方針のもとでは、正常な意識でいられるのだろうかと思うのです。

そしてガレキの傍で息を引き取るとき、もう二度と恋人に家族に会うことはないのだと悟るのではないか、と思うのです。

その思いが彼の恋人や家族のもとへ飛んでいったら、残される者たちはこの理不尽で実行不可能な、彼を連れ戻すという無理難題をなんとかして解決できないものか、と胸をかきむしりながら奇跡を願うのではないかとも思うのです。

***

“Scarborough Fair”のYouTube 動画が公開されていましたので、この歌をご存じない方はぜひ聞いてみてください。




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自己紹介

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明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

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