前話では、群れをなす陽気な妖精たちのお話をしました。今回のお話はちょっと怖い、ひとり暮らしの妖精たちのお話です。
群れて暮らせば楽しく暮らせるし、いたずらもみんなでやると楽しいという心理が働くようです。でもひとりは辛い。孤独に暮らすうちに意地悪くなっていったんでしょうね。
そんな「ひとり暮らしの妖精」の代表を3人、今話ではご紹介します。その3人とは、レプラコーン、バンシー、そしてプッカです。
プッカについては、以前の脚注で少しお話ししました。プッカはプークともパックとも呼ばれます。ご存知シェイクスピアの『夏の夜の夢』にでてくるパックのもとになる妖精です。しかし、オリジナルのパック(プッカ)はそれとは似ても似つかない妖精で、「ひとり暮らしの妖精」の中でも怖しい部類の妖精でした。
レプラホーン(レプラコーン)
妖精たちは、歌ったり踊ったり、いたずらをしたりするのが「仕事」ですが、このレプラホーンだけは違います。この妖精は靴を修理するのが仕事なのです。それも片方だけ。他の妖精たちは毎晩のように踊っていますから、すぐに靴がダメになってしまいます。すると妖精たちはレプラホーンのところへ壊れたりすり減ったりした靴をもっていくのです。
アイルランドの農民たちは、よく、桓根に座って靴を修理しているのを見かけるといいます。しかしレプラホーンは、人間に見つかったと気がつくとフッと消えてしまいます。
レプラホーンは典型的な「ひとり暮らしの妖精」です。この妖精の性格は気難しく、けちん坊です。いつも靴の修理の依頼があるので収入はかなりあるのですが、ほとんど使うことはなく、秘密の場所に隠しているのです。
もしも、あなたがレプラホーンを捕まえて支配することができたら、その秘密の場所を聞き出すことができるかもしれません。なにしろ妖精は千年単位で生きていますし、レプラホーンはその間、ずっとお金をため込んでいるわけですから、その財宝は莫大なものになっています。レプラホーンの主人たるあなたは、巨額の財産を手にすることになるのです。
ただし、それは難しいです。なにしろ、ちょっと目をそらしたり瞬きしたりするだけで、フッと消えてしまいますから。
レプラホーンが抱えている孤独は果てしなく、深いです。その寂しい思いがにじみ出ている顔は醜いシワだらけ、身体も小さな妖精です。
付け加えますと、現代のレプラホーンは日本の大黒様のようにかわいらしい人形になって売られ、お金持ちになるお守りのようになっています。
バンシー
真夜中にあまり会いたくない、不吉な妖精です。本人に罪はないのですが。基本的にひとつの家を棲み家とし、普段は人間に顔を見せることはありません。しかし、その家の誰かが死に瀕した時、あるいは死んでしまった時に現れます。
身を寄せている家族に不幸が訪れると、真夜中に青白い顔をして現れ、髪を振り乱し、激しく泣き叫ぶのです。
その姿は痩せこけて、枯れ木のようになったおばあさんのようで白髪を長く伸ばしているとも、いや逆に若い娘だともいいます。
バンシーはその家の前で泣き叫んだり、空中を飛びまわったり、あるいは死んだ人の死装束(経帷子)を川に持って行って洗う、とも噂されました。イェイツは『ケルトの妖精物語』で、何人ものバンシーが現れて泣くときは、聖人が亡くなったときだと記しました。
一番古いバンシーの記録は、17世紀に書かれた『ファンショー夫人の回想録』に著されたもの。それは次のようなお話でした。
ファンショー夫人が、親類のオナー・オブライエンの邸宅に宿泊した時のことです。真夜中の1時に、窓の外で人の声がするのを不審に思った夫人が外を見てみると、「窓辺に白い服を着て、髪の赤い幽霊のように蒼ざめた顔の女が、窓に身を乗り出しているのが月の光で見え、耳にしたこともないような声で3度『馬(ホース)』と言ってから、風のようなため息をついて消えたが、身体は濃い雲のようだった」ということでした。
明け方の5時に、家の夫人がやってきて、主人オブライエンが死んだというので、ファンショー夫人が例の女の話をすると、夫人がいうには「その女は家の者が誰か死にかけると、毎夜窓辺に現れることになっているが、『ずっと以前にこの家の主人の子を宿し、裏庭で殺され窓の下の川に投げ込まれた女』だ」というのです。
この話を聞くと、バンシーは幽霊か? と思ったりするのですが、アイルランドの人は妖精だといいます。
幽霊か妖精か、そのあたりは、とてもあいまいなようです。
プッカ
もともとは動物の精霊で牡ヤギ(ポック)の姿をしていました。プッカという名前は他に、プーカ、プーク、ピクシー、パックと呼ばれることもあります。そう、『夏の夜の夢』に出てくるパックのモデルなのです。
ですが、原初のプッカの性格は『夏の夜の夢』のパックと全く違います。
淋しい山の中や古びた廃墟に棲み、その孤独に耐えかねて、とても怖しい妖精になりました。
プッカはいろいろなふうにいわれているのですが、ひとつにはいろいろなものに化けるといいます。たとえば、黒馬、黒犬、ロバなどに変身して、旅人に道を迷わせたり沼に引きずり込んで溺れさせたりします。別の説では、旅人を無理やり背中に乗せて、ものすごいスピードで走りまわり、旅人が命ながらえたとしても、恐ろしさのあまり姿顔かたちが変わって元に戻らなくなってしまう、という人もいます。
イェイツは『ケルトの妖精』でプッカの説明をしています。それによると、恐ろしいプッカも11月の万聖節のときには優しくなり、旅人に来年の11月までどう生きるのかを聞き、適切なアドヴァアイスをしたりすると言っています。そんなプッカも、万聖節が過ぎれば木いちごを猛毒に変えるなど、恐ろしい面が復活します。
妖精の変遷
このように原初に恐れられた妖精たちは、歴史が下るにつれ、ロマンティックになったり、いたずら好きな憎めない生きものに変わったりしていきます。
その大きなターニングポイントになったお話がシェイクスピアの『夏の夜の夢』でした。
次回からのお話は、そんな妖精の変遷についてお話したいと思います。
●参考にした図書
『ケルト妖精物語』W.B. イェイツ・編 井村君江・訳 ちくま文庫
アイルランドの詩人であり劇作家、思想家のW.B.イェイツがアイルランドに残る妖精の物語を、その足で収集した妖精譚です。
月夜の緑の草原や、青い海原の底で、バラエティーに富んだ妖精たちと人間が織りなす詩情ゆたかな物語のかずかず。アイルランドで何世紀にもわたって語りつがれ、今なお人びとの心に息づいている祖先ケルト民族のさまざまな民間伝承や昔話のなかから、妖精譚のみを収めた古典的名著。付録にイエイツの「アイルランドの妖精の分類」を収録しています。
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