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まん中の幾何学模様はルーン文字で構成されたシンボル |
イングランドにおいては、妖精はさまざまな姿に変容した、というお話を第34話ではいたしました。この地にはさまざまな民族が侵入し、文化の混交が盛んでしたので、妖精のイメージも混ざり合い変化していきました。ケルト文化そのものが外部文化に寛容だ、ということもその変化が起こりやすかった原因のひとつともいえます。
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聖ブリジッド |
さらに、地域によって、あるいは極端にいって個人個人が、同じ妖精に対して違うイメージをもっていたりします。村人が夜集まって、自分の知っている妖精の話を出しあって意見を言い合い、統一するなどということも行われたりしました。
「『アイルランド地方誌』の中で、物語の話し手たちが夜、一堂に会したおりおりの様子や、もし誰かが他の人たちと異なった話の型を知っているときには、皆はそれぞれ自分の話を暗唱してきかせ、それから意見を出し合って話を一つに統一し、それと違った話を知っている者も、その決定に従わなければならなかった、ということが記録されており(以下省略)」(イェイツ著・井村君江訳『ケルト妖精物語』)
ケルトの人びとのオリジナルの神話・伝説は文字として記録されることはなく、分析的であるよりは情緒的だったケルト人は、ダイナミックに変化していく妖精の姿を容易に受け入れていったのでしょう。このあたりのことが、古代ケルト人がもっていた妖精のイメージを、曖昧模糊としたとらえどころのないものにしています。
今話とりあげる北方神話に起源をもつエルフも、ケルトのフェアリーと混ざり合っています。
前話で、エルフには明るいエルフと暗いエルフがあるとお話しいたしましたが、まずはそこから始めましょう。
明るいエルフと暗いエルフ
「明るい」「暗い」ということばからイメージすると、それぞれ良いエルフと悪いエルフとに分類されるように思いますが、話はそれほど単純ではないようです。
明るいエルフ
明るいエルフは、人間に好意的で、輝くばかりに美しい妖精とされています。空気のように軽やかで、か弱く微妙。妖しい乙女の姿で月の下で金色の長い髪をくしけずっているというイメージです。その一方で、ギリシア神話のセイレーンのように、人の心を惑わせるふしぎな歌声で、人間を危険の淵に誘い込むともいわれています。
ホブゴブリンは、まさに「いい奴」です。
ホブゴブリンは田舎の人びとと平和に暮らすことを信条としており、夜中に馬小屋に忍び込んで馬の汗や泥をきれいにしてやったり、たてがみに櫛を入れたり干し草をやったりといった馬の世話、台所の片付けや床磨き、バターづくりの促進といった人の役に立つことをします。
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ホブゴブリン |
逆に、一晩でもそのわずかな報酬を忘れたりすると、即刻その家を出ていくか、怠け者の召使いを、青アザができるほどつねったりします。
暗いエルフ
暗いエルフは明るいエルフとは反対に、とても醜いエルフです。
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ブラウニー |
ほら穴や地下などの暗いところに棲み、いつも自分の運命を嘆き、人間に対しては嫉妬し、あるいは脅威とも思っています。
人間に対してすごく警戒心を抱いているところなどは、アイルランドの妖精のところで登場したレブラホーンに似ていますね。
暗いエルフの代表としてはドワーフがいます。おとぎ話の世界では、この暗いドワーフも陽気ないい奴に変えられて描かれたりします。たとえば『白雪姫』の七人の小人はドワーフですが気のいい世話好きなエルフになっていますね。
明るいエルフと暗いエルフの共通点
『白雪姫』の小人のように、エルフはとても小さい(数インチ)といわれています。アイルランド・ケルトのフェアリーが人間と同じ大きさだ、というのと対照的ですね。
しかし、ケルトのフェアリーはダーナ神族が尊敬されなくなったために小さくなったとされています。ダーナ神族はもともと巨人族だったといわれていますので、大きくなったり小さくなったりは変幻自在なのでしょう。フェアリーが大きいとかエルフが小さいとかは、あまり気にされていないようです。
一方で、エルフは、フェアリーとの共通点は多いです。
健康的な娘や赤ん坊を盗んで、代わりに木切れや奇形の子どもなどに置いてくるという「取り替え子」の習慣もフェアリー同様エルフにもあります。また真夜中に楽しく踊ったり歌ったり、群れで生活するところや、チーズを盗んだり紫色のアザができるほどつねったりといった比較的罪の軽いイタズラをするのが好きです。
ケルトのフェアリーもまた、人を助けることもあります。嫌いな人間にはイタズラを仕掛けてきますが、好きな人間に対しては、彼らを助ける労苦を惜しみません。
古い物語に登場するエルフ
ブリタニアにエルフが伝わったのがいつかは正確には分からないのですが、西暦7世紀より前だったと思われます。その頃のエルフは邪悪な存在とされていました。
『ベオウルフ』『プルート』に登場するエルフ
エルフという妖精の名前が出てくる最古の物語は『ベオウルフ』という物語です。『ベオウルフ』が編まれたのは7世紀末から8世紀初めの頃といわれていますが、それよりはるか以前から、この物語は人びとの間に口伝えで伝えられてきました。
その語り手はやがて職業人化していきます。スコップと呼ばれる吟遊詩人が宮殿や貴族の館を訪問して、リュートやハーブをかき鳴らしながら『ベオウルフ』を語っていたとのことで、その頃には広く知れ渡っていた物語だったのでしょう。それをキリスト教の修道士が、文字に書き留めたのが現代に伝わる『ベオウルフ』です。
ただ、文字で記録された『ベオウルフ』は、スコップが語りを盛り上げようとして話が付け加えたものや、宣教師がキリスト教的解釈を付け加えたものである可能性は大きいです。そのキリスト教の影響は、物語の本筋に大きく関わっています。
『ベオウルフ』は怪物グレンデル母子を北欧の英雄ベオウルフが退治する物語ですが、グレンデル母子は、旧約聖書に出てくる最初の兄弟殺しの犯人カインの末裔として描かれ、「神に歯向かう悪しき族(やから)」として、残忍で薄気味悪く、異様な姿をした怪物とされました。この物語に登場するエルフたちも「悪意に満ちた精霊や海のほら穴に棲む血に飢えた族」として登場します。
エルフはもの淋しい荒地か陰鬱な湖に棲み、人間を脅したり苦しめたりするのが彼らの唯一の仕事だとされました。彼らは神から天国を追い出され、世界の終りまで地上をさまよい続ける堕天使です。
これら神に逆らう族たちを退治するのが英雄ベオウルフの物語なのです。
1205年頃、ラヤモンによって著された『プルート』という物語にもエルフが登場しますが、このなかに登場するエルフも、邪悪な精霊として描かれました。
民衆のなかの妖精
今回お話したチュートン系の妖精エルフはゲルマン系北方民族の神話に登場しますが、ゲルマン民族とケルト民族はともにインド=ヨーロッパ語族に属し、両者の信仰の対象であるエルフとフェアリーは、多少の違いはあれ、大まかには類似しているところが多かったといわれています。そのため、両者の融合もスムーズでした。
ごくおおらかに超自然の生きものを受け入れたブリタニアの民衆は、妖精たちに対してどのような感情を抱いていたのでしょうか?
民間信仰を積極的に受け入れたアイルランドのキリスト教とは違い、イングランドにおいて、キリスト教は妖精を悪魔と同列に扱い、邪悪な存在として忌み嫌いました。
キリスト教徒にとって神はひとりであり、神とキリスト教が認めた聖人以外をあがめるのはよこしまな信仰であると信じていましたから、妖精も悪しき族とするのは当然であったでしょう。
民衆の間では、「グッドフェロー」という名前が示すように、妖精を「良い人」という名前で呼んで、悪しざまに嫌うということはしませんでした。
これは、キリスト教の立場からすれば、妖精のわけのわからない強力な力で被害を受けないよう、機嫌を損ねないよう妖精に気を遣っているのだということになります。
いっぽう民衆は、妖精は怖ろしくもありイタズラもするけれど、彼らに好かれれば家事の手伝いをしてくれるし、ときに大金持ちにしてくれたりもするありがたい存在でもあったように思います。
私は、高尾山に登ったときに不思議な体験をしたことがあります。道の途中に屹立していた古木のそばを通ったとき、霊気のようなものを感じて鳥肌が立ちました。それはありがたいとも怖ろしいともいえる感覚でした。
古代の人びとにとって、科学では説明のつかないこのような感覚はより鋭かったでしょうしから、キリスト教の強力な支配にもかかわらず、民衆は妖精を身近な存在として愛してきたのではないかと思います。
しかし時代が下り、民衆の心から妖精が離れていき、知識人が妖精をテーマとした創作や思索に取り組み始めると、妖精の美しくも妖しい乙女のイメージがクローズアップされてきます。
やがてそれはバラッドや吟遊詩人の奏でる物語詩として広まっていき、中世騎士物語に登場する「フェ」に変化していきます。いっぽうドワーフやトロールなどの醜いエルフは、児童文学の中に居場所を見つけていきました。
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ルーン文字
ゲルマン人が3世紀から4世紀ごろより中世末まで用いていた,直線を組み合わせた特殊なアルファベット。スカンジナビア半島,英国では長い間使われ,その間に変遷があるが,古くは24字からなり,碑文や写本など多くの資料がある。ゴート族が作ったという説もあるが,北イタリアのエトルリア文字に由来するという説が有力。(『百科事典マイペディア 』より)
●参考にした図書
『ケルト妖精学』井村君江・著 講談社
井村氏は、1965年東京大学大学院比較文学博士課程修了し、明星大学教授です。イギリス・アイルランド・フォークロア学会終身会員。
井村氏は「妖精学」を確立するために、この本を書かれました。そのため、妖精の分類や成り立ち、時代の移り変わりによる妖精のイメージの変遷など、妖精に関するあらゆることを網羅して書かれています。
これから私のブログでは、しばらく妖精のイメージの変遷について書こうと思っていますので、大いに参考にしたいと思っています。
『ケルト妖精物語』W.B. イェイツ・編 井村君江・編訳 ちくま文庫
この作品は、イエイツが民間で伝わってきているアイルランドの妖精物語を集めたものです。それは物語になっていたり詩になっていたりしていて、自然にケルトの世界に引き込まれるようです。
章立ては、「群れをなす妖精(フェアリー)たち」「取り替え子」「ひとり暮らしの妖精たち」「地と水の妖精たち」と、妖精の生態によって分けられ、最後にイエイツによりアイルランドの妖精の分類が試みられています。
『フェアリーたちはいかに生まれ愛されたか〜イギリス妖精信仰――その誕生から「夏の夜の夢」へ 』フロリス・ドラットル (著) 井村 君江 (翻訳) 書苑新社
民間で広く親しまれたバラッドや詩に登場する妖精を中心に、妖精の誕生から17世紀に至るまでの妖精の変遷について解説した本です。とりあげる妖精は、「チュートン神話のエルフ」「ケルト伝説のフェアリー」「アーサー王伝説のフェ(この本ではフェイ)」の三点にしぼられています。
妖精を知らずして、シェイクスピアの『夏の夜の夢』を深く理解することはできないとまでこの本を出版した出版社は言い切っています。私も同意するところがありますが、妖精を知るだけでは『夏の夜の夢』を理解することは難しいとも思っています(なんて偉そう!)。しかし、今回のブログのテーマでは、参考になるところも多かったです。
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