第0話 盗賊の犯罪、皇帝の犯罪

2022/10/01

『ピーター・パン』 『宝島』 海賊 物語

t f B! P L

ラボ教育センターが発刊した『宝島』から、海賊について興味をもち、いろいろと調べています。

海賊とは、要するに犯罪者であり「人類の敵」とまで言われてきた歴史がありますが、それにしてもある種の「あこがれ」のようなものがあるのはなぜか? というところに興味をもって調べています。
とくにイングランドの歴史において、海賊(私掠船)が大活躍をした時代があり、フランシス・ドレイクという海賊の棟梁のような人がエリザベス1世からナイトの称号を与えられひと財産を築いたという事実もあり、歴史的に海賊を十把ひとからげに「悪人」と呼べない状況があります。
そんなこともあって、現在『海賊の歴史』(桃井治郎・著、中公新書)を読み始めたところなのですが、その最初の章で気になった箇所がありました。

正義のない王国は大きな盗賊団

それは、聖アウグスティヌス(354-430)が著した『神の国』の一節です。
『神の国』
アウグスティヌス『神の国』
紀元前4世紀に大帝国を築き上げたマケドニアのアレクサンドロス大王が、海賊を前にして「海を荒らすのはどういうつもりか」と詰問したときのことです。海賊は平然として、自分たちは小さい舟で荒らすので盗賊と呼ばれ、陛下は大艦隊で荒らすので皇帝と呼ばれる。大王と海賊は規模が違うだけでやっていることは同じだ、と言い放ったということです。
この事を踏まえて、聖アウグスティヌスは「盗賊団という禍は、不逞なやからの参加によっていちじるしく増大して、領土をつくり、住居を定め、諸国を占領し、諸民族を征服するようになるとき、ますます、おおっぴらに王国の名を僭称するのである」(アウグスティヌス『神の国』服部英次郎、藤本雄三/訳 岩波文庫)と記しました。
正義のない王国は、単に盗賊団が支配地を拡大したにすぎず、力による支配は王国も盗賊団も違いはない、というわけです。
ウクライナ情勢を見れば、人間などというものは昔からちっとも進歩していないように思えてきます。
何が善か何が悪かという問題は単純ではありません。絶対悪も絶対善もないと思いますが、少なくともさまざまな意見を突き合わせて「よりよい善」を求めていくことのできる民主主義は、守っていかなくてはと思います。

参考図書
(下の本のタイトルをクリックするとAmazonで閲覧・注文できます):

しばらくはこの3冊を参考書に研究していきます









<リンク>

フォロワー

このブログを検索

自己紹介

自分の写真
明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

ブログ アーカイブ

QooQ