第5話 イギリスの超大物海賊 その4ーアウトローとしての海賊の矜持

2022/10/03

『ピーター・パン』 『宝島』 海賊 物語

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前号では、ウッズ・ロジャーズ(1679頃-1732)という私掠船の船長のお話をしました。彼もまた、世界周航を成し遂げ、私掠活動でスペインの財宝を掠め取り、たくさんの戦利品を持ち帰りました。

ロジャーズは、私掠活動は海賊の掠奪とは違うのだと主張していますが、私としてはどう見ても海賊行為にしか思えません。しかしロジャーズは、自分たちは海賊どもとは違うと胸を張り、カリブ海の海賊バッカニアたちを「人類の敵」とまでみなして容赦ない戦いを挑んでいます。

帰国後に彼が著した『世界巡行記』には、バッカニアを無法者たちと決めつけた、次のような内容の記述が残されています。

命を賭して財宝を獲得しても、飲む・打つ・買うですぐに無一文になる。身分の区別もないがしろにする、つまり、上級船員の権限は気紛れにいつでも剥奪されたり交替させられたりする。こんな状況でまともな仕事ができるわけがない。真の勇気も思慮もない、と。

ここまでのことは前話でお話しました。

でははたしてバッカニアの海賊船の世界は、ロジャーズの記述したような状況だったのでしょうか。

海賊船の世界=民主主義の萌芽

第1話で、17世紀イングランドでは、プレス・ギャングと陰口を叩かれる役人たちが、浮浪者に脅しをかけて王立海軍に強制徴募するということが行われていた、というお話をしました。

この時代に施行された「浮浪者取締法」は、浮浪者は捕らえられて公の場で血の滴るまでムチ打ちされ、生まれ故郷か最近まで定住していた場所に強制送還されなければならない、と規定した法律でした。この不当ともいえる惨めな浮浪者の身分を脱するために、浮浪者たちは強制徴募に応じざるを得ません。

しかし国軍の実際は船内環境がかなり劣悪なため、伝染病や栄養不足、自殺などで、日に何人も死ぬということが常態になっているという状況です。そこで、王立海軍に入るくらいなら、環境の劣悪さは同じでも、一獲千金を狙って海賊になり、太く短く生きてやるという者も多かった。第1話ではそんなお話もいたしました。

ところで、海賊になるということはアウトロー、つまり文字通り国の法律に従わない者になるということです。

絶対王政でなくても、軍隊というところは上意下達の命令系統のもと、上官の命令は絶対です。だからこそ兵士たちは、有事には考えたり迷ったりすることなく、戦闘マシーンとして効率的に動くことができます。ロジャーズの記述は、このあたりのことをいっているのでしょう。

しかし、絶対王政の窮屈で上流階級に都合のいい法律に嫌気がさし、えいやと海賊になった者たちが、このような命令体系に素直に従うでしょうか? 

意外なことですが、原始的ながら民主的な取り決めが、当時の法体系に抗うかのように海賊船内限定で実施されていたようなのです。

海賊の掟(バーソロミュー・ロジャーズの掟)

その具体的な内容が、後々お話するバーソロミュー・ロジャーズの船の掟として残されています。

(1)各人は、重大事項の票決に際し、一票の権利を有する。

(2)拿捕した船には、乗組員全員が乗員名簿に従って、平等に秩序正しく乗船するものとする。……

(3)かねを賭けてのカルタや賽子(サイコロ)賭博は絶対にこれを禁ずる。

(4)8時をもって消灯時間とする。消灯時間をすぎての飲酒は、露天甲板で行うこと。

(5)銃、ピストル、カトラス(舶刀)は各自が手入れを怠らず、常に使用可能な状態にしておかねばならない。

(6)女子供を船に連れ込むことは一切これを禁ずる。女をたぶらかし、男装させて船に連れ込んだものは死刑に処する。

(7)戦闘中船を放棄したり持ち場を離れた場合は死刑もしくは置き去りの刑に処する。

(8)船上で仲間同士が争うことはこれを禁ずる。争いはすべて当人同士が上陸し、剣とピストルによって決着をつけるものとする。

(9)なんびとも、自分の分け前が一千ポンドになるまでは仲間から離脱してはならない。このため、勤務中に不具になった乗組員に対しては800ドル、それ以外の場合も傷害の程度に応じて共同基金から補償金を支払うものとする

(10)船長と総舵手は戦利品の二人分、マスター、甲板長、および砲術長は1.5人分、その他の上級船員は1.25人分の分け前を取得するものとする。

(11)楽師は、安息日には休息してよい。それ以外の6日間は、特別のはからいがある場合を除き、無休とする。

(チャールズ・ジョンソン『海賊列伝』朝比奈一郎訳)

どうでしょう? もちろん船員の統制上必要な掟であることに違いありませんが、みじめな身分にある者をさらに追い詰めて犯罪者に仕立てあげる法体系、というものに対する反発も見えてきませんか?

立場変われば

ラボ・ライブラリー版『ピーター・パン』には、海賊に興味を示すダーリング家の子どもたちが海賊になっても国王をいただいていることに変わりないかとたずねると、海賊船長のフックは「国王くたばれ」といわなければならないと答える。すると子どもたちは反発して「国王ばんざい」と叫ぶ、というシーンがあります。

浮浪者として虐げられてはみ出した海賊と、恵まれた中流階級の子どもたちという、立場の違いからくる見方の相違かと思います。

今の子どもたちにとっては、善良な市民の立場から見た「海賊は悪い奴らだ」という認識でいいと思います。でもおとなとしては、立場が変われば見え方も変わるのだという眼差しをもつことも、社会生活を営む上でとてもだいじなことではないかと私は思うのです。

To be continued


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本投稿から、タイトルを「イングランドの超大物海賊」から「イギリスの超大物海賊」に変える。1707年にイングランドはスコットランドと統合した。

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明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

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