第1話 フックやシルバーが海賊になったわけ(考察)

2022/10/01

『ピーター・パン』 『宝島』 海賊 物語

t f B! P L

今期の新刊ラボ・ライブラリー『宝島』にしても『ピーター・パン』にしても、はたまた『ワンピース』『パイレーツ・オブ・カリビアン』にしても、海賊という題材は昔からずっと人気のテーマですね。どうしてなのかなと考える時、人間には「怖いもの見たさ」という心理があるからかな、などと考えたりします。
幸せな物語や滑稽なお話もいいけれど、それだけだと刺激が少ない。時にはスパイスの効いた物語もほしい、と思うのが人間なのでしょう。冒険心を掻き立てる果てしない海への好奇心も加わって、無法者の集まりである海賊が一層魅力的に映るのだと思います。もちろんそばにジョン・シルバーみたいな人が居たら、長くはそこに留まりたくないでしょうけれど。

物語に登場する海賊の魅力

ところで海賊が単なるごろつきで残忍なだけでしたら、『ピーター・パン』も『宝島』も人びとに、とくに子どもに長く愛されることはなかったでしょう。
両者の一番の魅力が、非力と思われた少年が危険を冒して大活躍する、というテーマ性にあるのはもちろんですが、悪役の頭のジェイムズ・フックやジョン・シルバーがとても魅力的な、あるいは興味深い人物に描かれているというところも見逃せません。 フック船長についていえば、彼がイギリスの名門校イートン・カレッジの出身という設定なのは有名な話ですね。それで礼儀については偏執的なほど厳格で、手下が無作法なことをすれば厳罰をもって対処しましたし、自分が昔の服をずっと着たままというのは耐えられず、情けないとも思っていました。そんなフック船長なので、自分とは真反対のピーター・パンがもつ、天衣無縫さに我慢できなかったのです。 フックの最期には自らワニのいる海に落ちていきますが、原作ではピーターがフックを蹴落としたことになっています。なんでも自分の上を行くピーターに嫉妬したフックが、背中を蹴られることにより、作法の点では自分のほうがピーターより勝っていることを確認し、「無作法者めが」とあざ笑いながら落ちていきます。 ラボ・ライブラリー版では、らくだ・こぶにマジックにより、ピーターの天真爛漫さに圧倒されて落ちていくことになっていますが。(なぜ、そのような描き方をしたかについては思うところもあります。正解かどうかは知りませんが) 一方、ジョン・シルバーは策略家で、社会の底辺から成り上がってきたしたたかさを感じます。おそらく彼も相当明晰な頭脳をもっているのだと思われますが、時代と運命に翻弄されて海賊になってしまったのだろう、という感じがします。

16~17世紀イングランドでの海賊への誘い

エリザベス女王(1533 - 1603)
16世紀、エリザベス女王治世下のイングランドは、貧乏国でした。巨額の借金もあり女王自身もいつ寝首を掻かれるかわからない心細い存在でした。貧乏国のイングランドが当時の大国であったスペインやポルトガルに肩を並べるほど豊かになるためには、並のことをやっていたのではとても追いつきません。そこで、女王が立てた仰天の戦略は、海賊を使うことでした。 スペインの富の源泉は南米から大量に持ち込んでくる銀などの宝物です。そのスペインの宝船を襲い、宝物を奪って富国強兵を図ろうというのです。 そんな女王の海賊(シードッグ Sea Dogs)のひとりに、フランシス・ドレイクがいます。彼は英雄中の英雄として、イギリスの歴史に多大な影響を与えた人なので、後のお話で詳しく取り上げる予定です。 17世紀になると「大航海時代」が到来します。イングランドにも海上労働力の需要が高まっていました。 一方、社会は後期封建制から前期農業資本主義に移り変わり、小規模家庭農業で働いていた人びとは弾き出されて都会へと流れ、浮浪者になっていきます。このような若者は、無理やりにでも王立海軍に徴募しようとする動きにおびえることになるのです。

プレス・ギャング

プレス・ギャングに強制徴募される市民
王立海軍への徴募を目的とする通称「プレス・ギャング」という巡回隊が市中をまわり、浮浪者の肩を叩きます。

都会に大量発生した浮浪者は「社会の敵」と目されていたので、こいつらを海軍に組み入れてしまえば、浮浪者の一掃にもつながって一石二鳥だ、と考えたのです。 そこで、「海軍に志願するか、それともより悪い条件で軍務を強制されるか。お前はどちらを選んでも構わない」といって脅し、半強制的に引っ立てるのです。 多くの浮浪者が王立海軍に入った理由がもう一つあります。1597年に施行された「浮浪者取締法」という法律です。それは浮浪者に対して、「上半身を裸にし、公の場で血が滴るまでムチで打ち、生まれ故郷か最近まで定住していた場所に戻さねばならない」というものでした。この法律に触れないよう浮浪者の身分から脱出する方法として、王立海軍に入る選択をした者が多かったのです。 王立海軍といっても船の中の環境は劣悪なものでした。冷蔵庫などがない時代ですから、長い航海の間に腐ったりネズミなどが食べ散らかしたりした食べ物を人間が食する、というありさま。伝染病が発生しても船室はぎゅうぎゅう詰めで身動きできない状態です。そこで1日に6人から10人くらいが病気で死んだり、脱走しようと海に飛び込んで溺れたりしたということです。 一方で、「そんなところはごめんだ。法律なんかくそくらえ。人生、太く短く生きてぇ」とばかりに、ハイリスク(捕まれば縛り首)だけどうまく行けば大金持ちになれる(かもしれない)と思った人間は、海賊になりました(でもたいていは、飲む・打つ・買うで瞬く間に無一文になるんですが)。

フックやシルバーはなぜ海賊になったか?(考察)

「浮浪者取締法」で設定された浮浪者の定義に、「物乞い浮浪学生」も含まれています。当時でもエリートであったろうイートン校の学生であったフックが、海賊にまでおちぶれてしまったのも、このあたりの事情によるのかもしれません。 シルバーはどうでしょうか? その残忍さは物語にある通りですが、状況によって態度をコロコロ変えるしたたかさは、下層民からのたたき上げという感じがします。もともと農民だったが食えなくなって都会に出、散々いじめられてきた果ての成り上がり者、というイメージです。

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明治大学文学部を卒業した後、ラボ教育センターという、子どものことばと心を育てることを社是とした企業に30数年間、勤めてきました。 全国にラボ・パーティという「教室」があり、そこで英語の物語を使って子どものことば(英語と日本語)を育てる活動が毎週行われています。 私はそこで、社会人人生の半分を指導者・会員の募集、研修の実施、キャンプの運営や海外への引率などに、後半の人生を物語の制作や会員および指導者の雑誌や新聞をつくる仕事に従事してきました。 このブログでは、私が触れてきた物語を起点として、それが創られた歴史や文化などを改めて研究し、発表する場にしたいと思っています。

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